こんにちは。
声と話し方で人生を変えるトレーナーむくもとゆうこです。
昨日は、阪神の18年ぶりのリーグ優勝で大阪は盛り上がりました!
実は、昨日の丁度その時間、私は道頓堀戎橋近くにいたのです。
アナウンススクールの授業がすぐ近くであったからです。
夕方、御堂筋には警察車両が数珠つなぎで並んでいました。
そしておびただしい数の警察官。(1300人いたらしい)
物々しい雰囲気です。
「わぁ、これは帰りはえらいことになってるかも?」
と思いながらアナウンススクールへ。
そして授業が終わって帰ろうした9時前に、優勝が決まって戎橋はえらいことになっていました💦
そのまま、人込みを避けて帰ることもできたのですが、
そこはやっぱり様子を見たいと思い、戎橋に向かいました。
私は特に阪神タイガースファンではないものの、そこにいる誰もが喜んでいる姿を見ると、
なんだか私も嬉しくなってきました。
外国人観光客も(何が何だか分からないだろうけど💦)一緒に盛り上がっていました。
知らない者同士が喜び合う光景って、不思議ですね。
そこへ、阪神のユニフォームを着た一人のおっちゃんがやってきて、
「みなさん、ありがとう。お陰で阪神タイガースは優勝できました。」と大声で、
感極まって泣きながら叫んでいました。そして周りの人が「よかったなぁ」とおっちゃんの肩をたたき、
もらい泣きしていました。
「えっ!おっちゃん誰???球団関係者じゃないよね?ただの阪神ファンですよね?」
と突っ込みたくなりましたが、そんなおっちゃんがいるのも大阪らしくて面白かったです
実は、1985年に阪神タイガースが優勝した時、私は戎橋ビルの7階にいました。
グリコの看板が正面に見えるまさに戎橋のたもとにあったビルです。(今はもう建て替わっています)
放送局のアナウンサーを辞めて大阪に戻った私は、フリーアナウンサーとして事務所に所属し、
テレビやラジオの番組に出演していました。その事務所があったのが戎橋ビルでした。
そろそろ帰ろうかという時、下が騒がしくて窓からのぞいたら、ものすごい数の人がいて、びっくりしました。
暫らくビルからは出られそうもなく、ずっとその様子を上から見ていました。
あれから38年たって、また同じ瞬間に立ち会えたのは、感無量です。
放送局の新人アナウンサー時代、ある時、救急車のサイレンがけたたましくなったのですが、
無反応な私たち新人アナウンサーに向かって、上司が言いました。
「なぜ追いかけていかない!アナウンサーなら追いかけていって自分の眼で見て来い!
野次馬根性がなくてどうする!」と。
あの時の上司のことばを、今でも大切にしています。
やっぱり現場に行って覗いてみなくちゃね。
歳を重ねても、いつも好奇心いっぱいでいなくちゃいけませんね。
今日から優勝セールも始まっていますが、
これをきっかけに関西が盛り上がってくれたら嬉しいです。