長いながい50年以上の舞台生活を顧みれば、
随分と歌舞伎役者さんと舞台御一緒させて頂きました。

 劇団•東宝現代劇に所属して素晴らしいところは芸能界各界の名優、スターさんと共演出来た事です。

 歌舞伎役者、映画スター、宝塚歌劇団、新劇俳優、テレビスター、の名優、人気スターの方々と共演できたのはどれほど勉強になったか、この点では恵まれていました。

 それだから演劇界の名演技と言う点ではトップを走っていた方々と共演させて頂きました。その代わり東宝と言う会社は、全くマスコミの仕事には、なるべく我々を出さない様にしてました。

 歌舞伎役者さんとも随分と御一緒させて頂きました。まずはじめは「月高く人が死ぬ」昭和33年8月芸術座公演。作演出宇野信夫先生で、坂東簔助さん(ふぐでお亡くりになった)方と初めて歌舞伎役者さんと御一緒出来ました。

 「がめつい奴」では初めて共演した関西歌舞伎界出身の親友林与一さんと、いまだにお付き合いしていて、さんざんとお世話ななってます。

  彼の座長の舞台「恋盗っ人鼠小僧」では役人臼井喜平次役で島田正吾先生と一場面二人だけのやりとりの芝居を演じさせて頂きました。

 その他「ある夜の殿様」とか「銭形平次物語」等など林与一さんの座長の芝居でいい役を演じさせて頂きました。NHKの連ドラ長谷川一夫主演の「忠臣蔵赤穂浪士」で堀田隼人を演じてスターダムにのし上がった与一さんは凄かったです。

  美空ひばりさんに紹介されて舞台8本つまり8ヶ月も出演させて頂きました。

 松竹から一時東宝に所属した高麗屋劇団の帝劇大歌舞伎昭和46年に「暫」と 「修禅寺物語」に初めて役で出演させて頂き、吃驚です。本格的歌舞伎に出演出来るなんて東宝現代劇の私にとってはびっくりでした。

現白鴎さん主役の「怪盗鼠小僧」では髪結銀蔵役を頂きました。

  中村芝鶴さんの梨の会公演「高慢の鼻」菊田一夫潤色、中村芝鶴演出にも誘って頂き子淵と言う孔子の弟子を演じました。

 そのかなり後フジテレビの「坊っちゃん」大野木直之演出のレギュラーになり市川染五郎現在白鴎さん主演に出演しました。

 さかのぼれば昭和33年の新宿コマ劇場で「事件記者」で岩井半四郎さんが2番目に早い歌舞伎役者さんとの出会いかも知れません。この時は毎朝新聞のキャップ亀田を演じました。

 昭和36年の「放浪記」では市川段四郎さんと。「颶風時代」では林与一さんと。
 
 読売ホール「蒼き狼」では林与一さん市川染五郎(今の白鴎さん)さん中村萬之助さん(お亡くなりになった吉右衛門さん)と共演。  
 
「道頓堀」菊田一夫作演出芸術座公演。「千姫曼荼羅」榎本滋民作演出。中日劇場共に片岡孝夫さん。現在の片岡仁左衛門さん出演。孝夫さんには良く悪戯されました。吉右衛門さんにも良く吹かされました。楽しい方たちでした。

 「終着駅」では染五郎さん「太宰治の生涯」では吉右衛門さんと。

 「ビルマの竪琴」で白鴎さんと。18代中村勘三郎さんとは「明治一代女」平岩弓枝脚本演出、山本陽子、中村勘九郎(18代目中村勘三郎)さんと。18代目とはよく六本木、渋谷とかで遊びました。17代目18代目の勘三郎さんは本当に楽しい方々でした。

 そうして昭和51年「台所太平記」帝劇平岩弓枝作演出津村健二演出で二枚目半を演じ17代中村勘三郎先生と御一緒させて頂き「本日休診」「喜劇百年目の幽霊」「新台所太平記」「ミュージカルとりかえばや物語」「あわ雪豆腐」宝塚「春雷」新橋演舞場と17代中村勘三郎先生とは本当によく御一緒させて頂き役者として幸せです。
 
 名優の方々がお亡くなりになり寂しい限りです。