いつも読んで頂いてありがとうございます♪


今日は、私の小さい頃の話にしたいと
思います。
これをブログに載せるか悩んだのですが、
これは避けて通れないので、載せることに
しました。

かなり、私の主観による記事でして
大したことではない事かもしれませんが、
私にとっては長年の悩み事でして、
温かい目で見てください。お願いいたします(>_<)




私は4人兄弟の上から2番目に生まれました
順番的には、兄 私 妹 弟 になります。


大体両親は、一番上の兄、一番下の弟を
可愛がる?というか、目をかけていました。


下の妹は少し身体が弱かったので、
そういう意味では目をかけられてました。


私は何にしても、無難にこなすので、
はっきり言ってほったらかしでした。


これは、母親自身がそういっていますから、
私の勘違いではないです。


大概、ちょっとした事で相談しても
忙しい忙しいで、聞いてもらえません。
今、私には十才の娘がいますが娘とは、
「母さん聞いてよ~」みたいな話をしますが、
私にはそういった話を母親とした記憶は
ほとんどありません。


私が母親と話をする時は、私が聞き役です。
これは、小学生になるかならないかの頃から
ずっと今もです。


母親のどうでもいいような話を、ずっと聞いてきました(笑)



冷静に考えると母親には、時間のある時に
一緒に遊びに行ったりする友達はいません。
なので、愚痴を話すには自分の子供しかない
訳です。



私はというと人の話を聞くのは
嫌いではないのですが、
逆に言うと人と話をするときは
聞き役に回ってしまうので、
自分の話をするのは非常に苦手です。



私自身も友達はあまりいません。
聞き役はよいのですが、
自分の事を言わないからでしょうね(笑)


それは置いといてあせる



四人兄弟ですから、小さい頃から下の弟、妹の
世話をしていました。


だいぶん前の話を見て頂いた方はわかると
思うのですが、今年のGWの時に弟が
「僕が保育園の頃、母親が仕事で行けない
時は、アニキが保育園に迎えに来てくれてた
って最近アニキに聞いたんだけど。ほんと?」


本当です !
兄が9才 私が7才 弟が2才、1.5㎞くらい離れた
保育園に 二人で迎えに行ってました。
普通のママチャリに、弟が乗せれるイスが
後ろについていて、兄が自転車に乗り
私は走って迎えに行ってました。
(しばらくすると走る私が遅いから、
兄が一人で行ってました。)


今を思えばあり得ない話しです。
身体に合わない凄く大きい自転車に
弟を乗せ、帰りは押して歩いて帰ります。


どのくらいの期間迎えに行ったかは、
はっきり覚えてないのですが、
自転車で兄が転んで弟が怪我をして、
それで止めたのは覚えています。


その時も相当叱られました。
子供に無理をさせていたのは、棚に上げて
です。


その話が弟からでた時に、傍で聞いてた
母親が
「そりゃそうよ。金沢にいた時は、
兄4才、私2才が産まれたばかりの妹の
世話してくれたもの。買い物に行ってる間に
ミルクやっておしめ替えてくれてたんだから。」

と、嬉しそうに自慢します。


私は空いた口がふさがらなかった。
それは、自慢にならない。
妹は2月生まれ、昔ですからストーブを
つけていたと思います。
そんな中に子供を3人置いて買いものです。

母が言うには、金沢は雪が凄いから連れて
行けなかったと。
父は朝早く夜ふけて帰宅するので、置いて
行くしかなかった。

急いで買いものしてなるべく早く帰っていた
と、言っていました。


小さい頃から何度も聞いた話だけど、
ちょうど弟の子供が4才と0才。


「あの子に妹の世話させて
1時間程度二人きりにさせとくって、出来る?
この人は平気でそれをしてきて自慢げに
言うことじゃないよね。」
と、言ってやろうかと思ったけど
言い出したらそれだけで済みそうになかった
ので、グッと我慢しました。


小さい頃から「あんたは、小さい頃こういう
手伝いをしてた。」と、言われ続け
大きくなった今ならもっと色んな手伝いが
出来るのに、何でしないんだ!と
良く言われました。


いつも言われるのは兄か私。
弟や妹は言われない。


そうかと思えば、下の弟、妹の子育てに
手がかからなくなると今度は過干渉です。
これは、兄に向けられました。


私は小さい頃あまり目をかけられてないので
今さら何よ!みたいな態度を取っていたので
まだ、そうではなかったのですが
兄は気が優しいのもあって大概は、
親の言うとおりにしてやってました。


ただ兄は結婚してからは、実家に寄り付かなく
なりました。
それも仕方ないと思います。
兄の家は実家の隣ですが、これも母親が
もう一軒、家を建てたかったからです。


兄は結婚する前に、実家の隣に家を建てました。
建てさせられたというべきか…

そんな感じです。



しかし、ここまで悪く書いてしまいましたが
母親にも良い所はあるのです。
仕切りたがりますが、面倒は良くみます。
見すぎる感があるくらいですが。


今は弟の子供の世話にはりきっています
弟は三十代半ばで結婚しましたが、
お嫁さんは弟より一才年上です。


結婚する前から子供が出来ないかもと、
心配がはじまり、実家にいく度に同じ事を
繰り返し愚痴ります。


「そんなん結婚出来ただけで良しって
言ってたよね。
子供なんか出来るか出来ないかわからんわ。
愚痴愚痴ゆってもしょうがない。
お嫁さんには絶対この事はゆわない事!」

何度同じ事を言ったかわかりません。


弟の子供が産まれてからは、もうべったりです

弟の下の子が産まれるまで、
朝は迎えに行って実家に連れて帰り
夕方、弟の家に送っていきます。


私達は四人兄弟でしたから、
面倒はみきれなかったけど一人面倒みること
なんか お茶の子サイサイなのです。


人としては根が良い人だと思います。
悪気がないのが、悪いのかもしれませんが。


幸いにも私は、たんたん先生のおかげで
母親に対する怒り、小さい頃にほったらかし
にされた悲しみは大体癒されました。


私もぐちぐち書いてしまいましたが、
私達は産まれて来るときに、親を選んで
います。
というか、あなたの所へ産まれたいと
お願いして来ているようです。


親になる人は、子供として来る人が
カルマを解消できるようつらい仕打ちをする
事を受け入れて親子関係になるそうです。


私のカルマのひとつに
大家族の犠牲になるのをやめるというのが、
あるようでして。

私の母親は私のカルマのために
私に寂しい思いをさせる任務を負っています。
母親候補の方に、私のカルマはこれなので
お願いしますと、生まれる前に交渉して
了承してくれた方の所へ転生すると
聞いたことがあります。
そんな辛い目に合わせたくないと、断られる
中、引き受けてくれる人を探すそうです。


だから今は母親に感謝の気持ちでいっぱいです
私のカルマのために、つらい役を引き受けて
くれました。
そして、今世私は無事カルマを解消できたと
思っています。
これからは、母親に感謝してサポートして
いきたいと思います。



長くなってしまいました。
ごめんなさいm(_ _ )m
少し感情が入りすぎて、嫌な回になってしまったかもしれません。
最後まで、読んで頂いてありがとうございます
ドキドキ


追伸  
これの記事を書き終わった後、実家に久々に
行きました。


すると、母親が変わっていましたビックリマーク


いつもなら私の顔を見たとたん始まる愚痴が
なく、自分の近況とか雑談になり、少しだけ
愚痴を言いかけたのですが、止めました。
びっくりです!

やはり、私のカルマは解消されたようです。


これからは、少し遠ざかっていた実家に
行き母親のために何か出来ればと思います。
皆さん本当にありがとうございました!
私をサポートして、頂いている全ての存在
の方ありがとうございます♪