バーゲンシーズン到来

先週の金曜日くらいからバーゲンが始まりました。やっぱり通常の価格で買うよりも少しでも安く買いたいという気持ちは誰しも同じです。なので私も早速子供といっしょに街に買い物に行ってきました。すっごい安いわけではないけれど、いろんな所で買い物したものを全部足して合計するといつもよりは違うかなと言った感じです。少しでも安いと何か血が騒ぎますね。なぜだか買わなきゃいけない衝動にかられます。絶対見るだけと思って行ったとしても何かしら買ってしまうといった事になっています。これもお店側の策略なのだろうけど、でも買い物好きな人はバーゲンは目の毒でもありまた自己管理が出来ないと無駄な買い物が増えそうです。それはちょっと危ないです。でも、すっごくストレスの発散にもなるのでいつもは節約している人も気分転換にバーゲンに足を伸ばしてみるのもいいのかなって思います。毎回買い物中毒で金欠という人は自粛した方がいいだろうと思いますが、そうではないのならこんな機会にちょっといつもよりは出費が多くても人生の楽しみとしてまたこれから頑張ろうという自分へのご褒美として大いに買い物しちゃっていいのかなって思います。そしてまた自粛してまたバーゲンの時に今までの我慢していた所を発散してといった風に切り替えればすごく良いストレスの発散になると思うのです。バーゲンまで我慢していたからこそ今までの鬱憤を買い物をするということではらす喜びを得ることを最大限に味わえると思うのですがそうは思いませんか?ストレスの発散をそれぞれ違う形で発散していますがストレスの根源のようなものは皆同じようなものなのです。それをどうやっていかに効率よく破棄するかにかかっていると思うのです。買い物も無駄遣いと捕らえるのではなくストレス発散のひとつと考えれば無駄も必要なものだと考えられるはずです。要は考え方ひとつなのです。

 

ストレスって。

ストレスのない所、ストレスのない自分になってみたい、そして行ってみたい、誰もがそう思うと思います。でもきっとそんな所は皆無に等しいのだということも実際分かってはいるのです。人と接しなければ生きられない世の中でそして自分ひとりでは生きられない世の中でもあるわけです。どうしたって他人との関わりが生じる、でももし無人島でたったのひとりだとしても人と話せない孤独、違和感、苦痛を感じる事になるだろうと思います。ストレス社会に生きるよりも小さいストレスかもしれないけれどそれでもストレスは生じるのだということを忘れてはいけません。人それぞれたとえどんなに恵まれている人にだってストレスはあるのです。人間は他人の芝生が青く見えてなりません。どうしたって比べてしまう、自分は自分と思いつつも他人が自分よりも良く思えてならないのが現実です。もうそう思うこと事態がストレスなのです。妬み、嫉妬、羨みなどの感情を生んでしまうこと、自分は自分で他人は他人と思えなくなっている事がもうストレスなのです。でも稀に精神が強く清らかですべての人に優しさを与えられる人こそストレスもなく頭の中はいつも冷静でいられてまさに神様の領域に達している方だと思うのです。そんな方はストレスとは無縁ですね。でも、なかなかそんな人はこの世の中にはいるかいないか分からないくらいの未知数でそれよりもストレスが溜まっておかしくなりそう!っていう人の方が多いと思うのです。ストレスが溜まるのはもうしょうがない事なのです。生きている限りストレスとは常に付き合って行かなくてはいけないものだからです。それよりも自分でどうやったらこのストレスを解消できるか発散できるかによるのだと思います。ストレスとうまく向き合って、自分なりの解消法なりを見つけられたら何があっても大丈夫だと言えるでしょう。この世の中は精神が強くないと生きられません。図太くっていいんです。時には自分の好きなようにやっちゃってもいいと思う今日この頃です!

言いたい放題

家族だからか、人によっては友人にもズバズバと言いたい放題言える人はストレスの溜まらない人だろうと思います。そんな性格になれたらどんなにか楽だろうなと本心からそう思う事が多々あります。私は自分ではそんな風になりたくてもなれない性格だと分かっているからこそたぶんそんな風に何事も言えてしまう家族や友人がすごく羨ましく思えるのだろうと。そんな人はちゃんと自分の性格を分かっていながらそれでも口が動いてしまうんだと言っていました。でも、なかなか日本人にははっきりと物事を他人に言ってくれる人はいないわけだから返ってありがたいのかもしれません。本心を言ってくれるわけですから、言いたい放題かもしれないけど嘘偽りのない言葉なわけです。そんな友人はありがたい。また自分もそんな言いたい放題の友人には自分も言いたい放題に本当はなればいいのです。と言っても自分の性格が邪魔をしてなかなか素直にそうできない、やっぱり他人の事を気にする自分がいるのだろうと思います。本心でぶつかれないなんてダメですね。私は自分のこに性格がすごく嫌いなので本当にそう思います。もっと何事もはっきりと、もしかして本心を言ってしまったらその人をひどく傷つけるかもしれないだろうけどもしも間違っていないのだとしたら自分が犠牲になっても物事をはっきり言ってさとしてあげたい、そんな性格になれたら今のようなストレスを抱える体質にはなっていなかったのかもしれません。ストレスは自分で作り上げるものなのです。そしてストレスを軽減させるのも自分でしかないのです。

 

全身クールに!

ほんとにここの所の暑さには参るものがありますね。まさにストレスです。何をするにも汗がじわっと出てきて洋服が汗だらけ。そして寝苦しい。暑いとほんとに寝れません。しかも節電。なるべくクーラーを付けないでがんばろうと思いたいけど、蒸し暑くって堪えきれない時は思わず使ってしまいます。でも、なるべく節電を心がけたい。そんな時は枕にはアイスノン、そして今布団の上にひく清涼感のようなシートが売っています、また冷えピタを身体に貼ってって言うのはどうでしょう。私は冷え症のくせにこんな暑い時だけすごく足の裏が熱って仕方がなくそこから余計に暑さを感じるので冷えピタを足の裏に貼ったりしています。気持ちがいいですよ。足の裏が熱いと意外と不快に感じて安眠できないでいるのです。だからそこを冷却する、そうすると意外と暑い夜でも安眠できたりするんです。こんな猛暑の時は目で見ても清涼感が味わえるようなものを部屋に飾ったりするのも手かなと思ったりします。例えば、風鈴、風にゆられて鈴の音が聞こえるだけで気分が涼やかな感じになります。あと夏の日はいぐさを多く用いるだけで気分さわやかになれたりしますので、すだれを掛けたりフローリングなら畳をひいてもいいかもしれないですね!今、簡単にひける敷物みたいな畳がありますからどこででも畳感覚が味わえるようになってるんです。そんな感じで暑さのストレスを解消して気持ちの良い快適な空間を演出したいですね。たかだか暑さくらいの軽症なストレスに重点は置きたくないのですぐに解決してしまいましょう。


お墓参り

自分の先祖の墓参りは大事なことだと思います。自分が生まれたのも先祖があってのことだからです。お墓を粗末にしたりキレイにしていないと何か罰が当たるようなそんな気がしてなりません。

でも、お盆だったりとお墓参りの季節の時々でいいそうなんです。毎日お参りをしなくてはいけないというのはないそうで、お参りする時期にきちんとしていれば良いそうです。先祖に対する感謝の気持ちがあれば尚更よいのでしょう。自分が生まれてきたルーツを大事に守るそんな当たり前のことをきちんとしていれば運気もよくなって行くのかなって思ったりもします。自分の子供にも私がして行くことを教えてそして自分の子がまたそれを受け継ぐそんな風に自分の家を守って行けたらいい事なのかもってこの歳になってようやく分かってきたのかもしれません。でも若いときからなのですがご先祖さんのあるお墓のお寺がすごく落ち着いてお墓っていうとおばけとか幽霊とかっていうのがあると思うけどそんな風ではなく心が清められるような感じになって私はずっと前から好きでした。何かあって墓地に行くと不思議と心が落ち着くのです。もちろん自分の先祖のお寺に限りです。自分でも何でなのか分かりませんがたぶんご先祖さまが守ってくれているからなのだと思いました。そんな場所なのだから清潔にちゃんと祭ってあげないと行けないのだと思います。何事も信心深くていいんだと思います。そして生きている人の役目なのだから、運気をあげるのにも関わってくると思いますよ!

 

おもしろTVで発散!

お笑いでもいいですし、おもしろ映像なんかのTVやっていますよね、そんなとにかく笑えるものでいいんです、すごくストレスの発散になります。若い頃は箸が転がってもおかしな年頃なんてありますが、歳を取ると相当おもしろくないと笑えなくなるのが現実です。何事も動じなくなってしまうのでしょうか。喜怒哀楽が素直に出来なくなるというのは何だかすごく寂しいことだと思いました。お腹の底から笑いたいのに笑えない、何なんでしょうね、歳って。これが何事も動じなくなるってことなのか。感情が豊かではなくなるのと同じことなのだから、やっぱり寂しいです。そんな老化防止にもストレスの発散にもなるのがおもしろ映像だったりお笑いだったりするのかなと思います。人間は喜怒哀楽を出してこその人間だと思うのです。そしてそんな喜怒哀楽の”喜”を思いっきり出してくれるのがおバカTV。おバカTVは疲れていても何も考えずに見れること、また常に考えてる頭のリラックスにもなるのでいいと思うのです。すごく脱力感になった状態で見れるのでストレスの発散にもなっています。笑うことって大事なんだなーって、なかなか素直に笑えなくなってからはほんとにそう思いますね。今だからそう思うわけで、若い頃はおかしくない事でも常に笑ってましたものね、何がおかしいのかどれだけ笑ったことか。でも今はお笑いなど他人の力を借りないとなかなか笑えないなんて、なんか情けないです。だから歳をとった老人ってへの字の口になっているのでしょうか、口角が上に上がっていた若い頃は常に輝いて見えました。自然とは言わずともなるべく笑顔を絶やさずストレスゼロにしたいものです。