今日は、「合理的配慮」について日々思っていることを

書きたいと思います。

 

「合理的配慮」って便利?都合の良い?言葉だなと思います。

 

学校側が「合理的配慮」という言葉を使えば、

やってる感?対応している感?考えていますよ感?が出せると言うか…。

 

知的には特に問題が無く、これと言って目立つ症状も無く、

がっつり発達障害(本当はがっつり発達障害だと思います)にも見えない、

うちの子供たちは、配慮が必要であることを理解してもらうことが

本当に大変です。

 

単なる子供のわがまま、母親(私)が勝手に言っていると思われがちです。

 

最近では、そう思われてもいいから、子供たちが少しでも楽になるように

配慮して欲しいと思うようになっています。

 

学校側からすると、だったら支援級や特別支援学校に行けば?

と思うのだろうなとも思います。

 

うちの子供たちは、支援級や特別支援学校には通えないのです。

色々、中途半端なもので。

 

子供が不登校になってからもうすぐ6年、学校には諦めずに要望を伝えて来ましたが、

心が折れそうになったことは数え切れません。

 

そんな私を見て、子供たちは、学校ってそんなものだよ、もう言うのやめたら?と。

子供たちの方が冷静に状況を見ているようにも見えます。

 

「合理的配慮」の範囲って、学校によっても違うし、先生によっても違うし、

あっちの学校ではOKなのに、こっちの学校ではNG、

同じ公立の学校なのに不思議です。

 

長年、学校に行かない子供たちと過ごし、

会社では、障害のある方や心身に不良のある方のフォローをしてきたせいか、

もともとズレている私の感覚が、よりズレて来ている気がしています。

 

たいていのことは、そんなの好きにしたらいい、と思います。

 

会社は働いてお金をもらうところなので、

学校ほどは自由にできないと思いますが、

会社の方が自由かもしれないと思うことも沢山あります。

 

会社は、私が「そんなのどうでもいいよね?」の回答がNGの場合、

私が納得できる・理解できる理由を説明してくれます。

 

学校は、私が納得できる・理解できる理由を説明してくれることは

ほとんどありません。

 

「前例がない」「経験したことがない」「他の子供たちへの影響がある」

そんな回答ばかりです。

 

「前例がない」 → 今、やって、前例を作ればいい

「経験したことがない」→ あなた(先生)が経験不足なだけ

「他の子供たちへの影響がある」→ 子供って意外と気にしないところがあるし、

                 バカじゃない、そんなに影響受けるかな?

 

疲れるから黙っていれば楽なのだろうけれど、

これからも学校には伝えることは伝えるつもりです。

 

私の伝え方が悪い可能性も大いにありますが、

相談機関の方にも間に入っていただいたり、

その方から学校へ伝えていただくようにしたりもしています。

 

私がとても残念に感じるのは、学校の枠が狭いことです。

管理する側からすると収拾がつかなくなることが怖いのだとは思いますが、

もっと色んなことに寛容であって欲しいです。

 

元気で学校に来ることができれば、それだけで十分!!!

というわけには行かないのでしょう…。