博多のチョコの始まりどころ、老舗洋菓子専門店「チョコレートショップ」の3代目ショコラティエの佐野恵美子さんのパリでの挑戦の物語です。


Youはどうして海外に?

博多では知らない人がいない老舗の洋菓子専門店「チョコレートショップ」は恵美子さんのおじい様が創業者で、現在は、それをお父様が2代目として継いでいらっしゃいます。恵美子さんは、そこの3代目になる事を目指して25才の時、少し学んでおこうという気持ちで、フランスのパリに降り立ちます。

 

2008年にパリに来た目的は、お菓子を学ぶという目的のはずだったのですが、フランスに住み始めると、どんどんフランスが大好きになって、フランスの食材や、そこで出会ったシェフたちとの出会いによって、単に学ぶだけではなくて、自分の力を試してみたくなって来ます。

恵美子さんは、パリで学んで、その後に博多に帰って父の事業を継ぐだけではなくて、10年後、20年後の自分はどうなっているのか?フランスでもっと自分を表現する方法を学び、パリで認められると自分の世界が広がるんじゃないかと思うようになります。

努力の末に、2017年にフランスのパリに自分のお店「レ・トロワ・ショコラ」をオープンしました。

 

このお店は、父とは関係なく、自分のチョコレートで勝負したいと思って始めたので、お店の名前も、チョコレートショップではなくて、「レ・トロワ・ショコラ」という名前にしたとの事。

お店の名前の由来は、チョコレート自体が、ホワイトチョコレート、ミルクチョコレート、スイートチョコレートと3つで区切るのと、それに加えて、祖父、父、私の3つのチョコレートという意味も込められています。

 

25歳でフランスに初めて行った時の恵美子さんは、フランス語もわからないし、お菓子も一切作った事のない状態で行き、行ってすぐいきなり働き出すのですが、使う道具の名前するわからなくて、一緒に働く14才の男の子にも遅れを取る状態だったそうです。


フランスはお菓子の世界では、14歳から修行に入るそうなのですが、25才の恵美子さんが14歳の男の子と同じ仕事をしていて、シェフに〇〇という道具を取ってくれと言われても、あ!恵美子はわからないねで、その14才の男の子に頼まれてしまい・・・
本当に悔しかったそうです。

努力しないいで、このままいくと、用事を頼んですらもらえないんだと気づき、
そこから真剣に、恐ろしく勉強したそうです。



恵美子さんは言います。「あの口惜しさがバネになりました」あの口惜しさがなかったらここまで来れているかどうか。。

 

このインタービューさせてもらったのは、2020年秋だったのですが、その時に、日本でコロナで打撃を受けた農家さんのフルーツを使って、フランスでお菓子にするプロジェクトも始動していると話されていましたが、最近の恵美子さんのFBで、福岡県立農業高校の梅研究班の高校生たちと共同開発した大宰府の梅の実入りチョコレートがパリの恵美子さんのお店でお披露目されたという記事を見ました。本当に素晴らしい事だと思います。
 

日本とパリを繋ぐ架け橋として活躍を続ける恵美子さんから目が離せないですね!

2020年に行われたGWAユーチューブ用のインタビューをベースに記事に書き起こしています。