皆さんこんばんは、ロバート河野です。
ロバート・ハリスさんとロバート・ガルシアを足して2で割ったような男ですので
フェスの会場では気軽にあしらってください。

さてさて2回目にして早くもネタ切れの脳みそは、
こでぶさんがバックギャモンを覚えたきっかけを書いていたので
おもいっきりパクろうと思います。

プライドなんか、ありません。



2年前の今頃、インドネシアに行ってきました。
スマトラ沖地震で本土上陸作戦はできなくなったので
ビンタンビールで有名なビンタン島へ行くことに。

ところがどすこい、ビンタン島には空港がなく、
シンガポールからの船やないと行けないそうで、
仕方なくシンガポールからボロ船で数時間かけてビンタン島へ。

その船の中で非常にふくよかな白人男性と
極度にふくよかな白人男性が放送禁止用語ばかりを
叫びながらサイコロを振ってるではないですか。

ちんちろりんでもやってんのか?

そんな感じでビールを買うついでに見に行ったら、
それがバックギャモンでした。

当時はサイコロを振って駒をゴールに持っていくぐらいしか知識がなく、
発狂している彼らを見てもなんのこっちゃ分かりませんでした。

しかも当時のバックギャモンの脳内知名度は
チェッカーやカバティーと同じようなものだったので
心の片隅にそっとしまいこんでビンタン島を楽しみました。

ビンタン島での1週間は非常に濃く、
船に乗って海に釣りに行ったときに
ジャガリコで仲良くなった副船長の高倉健似の兄ちゃんが
気を利かせてわさびと醤油を遠くから買ってきてくれ、
見た事もないトロピカルな魚を刺身で食べるという
人生で1・2を争うありがた迷惑のおかげで腹を壊したり、
ロビーで変な弦楽器を演奏するおっさんと仲良くなったり、
スラム街のような所で知らない人の結婚式に参加したりと
かなり楽しめました。

そして日本に帰国し、たまたまyahooにバックギャモンがある事を知り、
とりあえず初めての対戦相手にルールを教えてもらいました。

今考えれば初めて対戦した方には相当迷惑をかけましたが、
優秀な男を生んだ素晴らしい経歴がつくと考えれば
誰か知らないあの人もニコニコでしょう。

そんな素敵な男が今では協会のスタッフとして
JBLのインターネットショップを担当しています。
覚えてまもない頃から大切に扱ってくれた皆さんと
覚えてまもない頃からこっちの世界においでおいでと
手招きをしていた皆さんに感謝です。



ちなみに8~13日まで部活の合宿でふくすま県にいます。
クラシックギター部という時代錯誤丸出しの部活ですが、
バックギャモン界に仲間はいないもんですかねぇ。