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KODAMA814の手帳 再出発応援

素晴らしかった! 

最後に思える人生を。

自分の意思で動ける間は「困難」「苦難」「快楽」「愉快」全てを受け止める。

世の中に影響されずに「自分の道」を歩いて行ける術を実践したいと思っております。

(^_^)


「トランペット」を習おうかと思います。

遥か昔

そう言えば小学生時に「鼓笛隊」、中学生時は野球部兼「ブラスバンド部」だった事を忘れてました。

思い出したきっかけは、仕事中に渋滞にはまりボケ~っと景色を眺めてましたら高架の下の道で男性がトランペットの練習をされてる姿を拝見したからです。

(星条旗よ永遠なれ等々をそう言えば一生懸命練習したな…)

今現在、特に趣味らしきモノもございませんから丁度いい機会かな…と思った次第です。

続けられるか自信はございませんが、とりあえずやってみようと思います。


先日、埼玉県のお客さんの所に納品に行きました。

普段は長野道経由の上信越道で向かうのですが、雪や凍結が怖かったので東名から圏央道経由で初めて行きました。

結果的「スムーズ」に全てが順調に展開しました。

東名や圏央道は必ず事故や故障車渋滞が発生して混む

思い込みに縛られ、自ら選択肢を萎めて居りましたが…思い込みに過ぎなかった訳です。

思い込みや決めつけの「基」には、不安や恐怖が在ると思うのです。

(渋滞に巻き込まれ遅くなるのでは…)
(交通量が多ければ事故の確率が上がる…)

一見、無難で最善の選択をしてる様ですが…なんてことは無く「自ら勝手に心配事を描いてる」に過ぎない。

事実として、名神、東名、圏央道経由で向かったが…順調に全てが展開した。

その事実を手に入れた時、思い込みや決めつけが消え失せて「選択肢の幅」が広がった。

同時に、不安や恐怖による「心配事の種」も消え失せた訳でございます。

単純な例えですが、誰もの人生のあらゆる場面に共通すると思うのです。

不安や恐怖で描けば「そう成る」でしょうし、「何とか成る、出来る」と描けばそう成る。

人は自らどれ程「自分」に制限を掛け、自らを過小評価して居るのでしょう?

仕事に向き合う時や、仕事を選ぶ時でも同様ではございませんか?

(此処なら自分にも勤まるだろう…)
(この仕事なら自分にも出来るだろう…)

確実な安牌の中の世界を描き、そして「その通り」の世界を生き蠢く。

新しい事や未知の領域、少し背伸びをしなくては成らないで在ろう場面に対峙した時…

(やってみよう、挑戦してみよう…)
(人間、出来ない事なんて無いやろう…)

成し遂げ、経験をモノにした自分を描き「出来る限りの事」を済まし取り組めば…

その通りの世界を生きる自分が居る。

わたくし自身の事をさて置き、色々な人を見ていれば…つくづく思う事がございます。

(この人もっと凄い事出来るんやろうに…)
(この人の能力もっと発揮出来るやろうに…)
(この人此処には勿体無い逸材やな…)

多くの方々が、可能性の開花を「自ら」制限を掛けて畏まってる気が致します。

この状態の原因と言いますか、理由の一つに「誰と関わるか?」と言う人同士の関係性が在ると思うのです。

これは「生き物としての組織体」も同様だと思います。

組みし属する「集団、組織」にも全体意識が在るのは誰もが知り得る事実。

自分の、各々の「能力、可能性」を引き伸ばしてくれる組織も在れば、重い蓋をして能力や可能性を刈り取られる組織もございます。

在る組織では「ありふれた存在」でしか無かった人間が、在る組織では「能力覚醒」し水を得た魚の如く振る舞う現象を見て来ました。

これは、以前わたくしが営んでおりました「高倉屋」と言う飲食店での話です。

「いらっしゃっませ〜
「ありがとうござい…」
「……………せ」

集団としてのまとまりも無く、何をどうしようと言う会話も無く、ましてや誰かを認めたり助け合う様な雰囲気も無く…

誰もが「自分の事だけ」を考え、誰かを悪く言ったり揚げ足を取る様な会話溢れる集団。

能力や実力云々では無く、自分が気に入ってるか自分が使い易いかどうかだけで経営して居た店でございます…が潰れました。

15名位の規模です。

店を閉めた後、わたくしの師匠が居抜きで人員もそのまま引き継ぎ新たな店を始めました。

わたくし、隠れて見に行った事がございます。

「どうぞいらっしゃっませ!」
「ありがとうございました!」

表情や雰囲気がまるで違うのです。笑

動きや姿勢がまるで違うのです…涙

掃除の一つをする訳では無かった人々が、忙しい時に手薄な所を手伝うでは無かった人々が…

何と言う事でしょう、イキイキとハツラツと働いてるではございませんか!?

店を潰したのも、活気を失わせたのも、皆さんの可能性を閉ざして居たのも…原因は「わたくし自身」だったと嫌でも痛感しました。

実際、当時の心境を書きます。

わたくしの立場存在を脅かす様な存在は「邪魔者」でしか無かったですし、わたくしに懐き言う事を黙って聞いてくれる人を「中心」にしておりました。

お客さんの事、皆さんの生活、店の誇り云々では無く「わたくしが中心」で居られればそれで良い状態で営んで居たのは事実です。

そのわたくしは、何を考えて居たか?

何にも考えて無かった

世間に喜ばれ必要とされる店?
皆さんのやり甲斐、働き甲斐?
自分自身の明確な目標、目的?

皆無。

勿論、上っ面や表面上は「綺麗事」を語って居りましたが、裏では「居ない人の事」を悪く言ったり蔑んだりして「自己保身」を企てて居りましたが…

やっぱりね

その様な姿や発言を聞いてる人間は、合わせてはくれますが「いい気分」には成らないでしょうし人間性を見透かされてしまう。

立場的に思っていても絶対に言ってはいけない「言葉」も在るでしょうし、見せてはいけない「姿勢」も在ると思いますが…

平気で「他人」を悪く評したり、逃げる様な行動をしてましたので…

皆さんにとって、わたくしとの関わりが「宜しく無い関係性」で在りました。

我欲欲望の為だけに生きてた当時、わたくしが経営運営をして「人」に善き流れを放てる程のエネルギー力は無かった…

表向きは「金銭面」で閉店と言う理由でしたが、正直…成り立たない訳では無かったのですが「雰囲気、空気感」が閉めざるを得ない流れにまっしぐらでしたから…

何の理念も目標も無く、只「個人の欲望」の為だけに存在する店、場所、空間が世の中に居座れる程甘くは無いですからね。

今と成れば、その様な過去すら「宝」の経験。

成人

これから社会に出て、先輩や上司と言う存在の中を生きられる思います。

素晴らしく、男前女前な生き方をしてる方に巡り会えるかも知れません。

身を挺して、真剣に貴方の事を心から気に掛けてくれる方との出会いも在ると思う。

逆に

呆れる程、身勝手で自己保身で口先だけの上っ面で生きる方とも関わるかも知れません。

腹が立ち嫌気が差す程、いい加減でクソ喰らえな生き方をしてる方との出会いも在ると思う。

全ては「学び、知らせ」でしか無い。

自分の人生に登場する人物には、必ず「出会った意味」が在ると思うのです。

その瞬間、その時には分からないでしょうが…

5年、10年、20年、30年後に「その意味」を知る時が来ると思う。

自分が先輩となり上司となり、父親母親になり…分かる時が来ると思います。

全ては必然であり、全ては繋がって居た。

知る時が来ると思う。

長々と書くとあくびが出るでしょうから 笑

最後に、52歳に成ったわたくしが「成人」に成った頃の自分に投げかけたい言葉。

人を大切に

見栄を張ったり、虚勢を張ったりしたい気持ちは分からなくも無い。

格好も付けたいだろうし、モテたいだろうし、負けたくも無いと思う。

生き物としての、オスメスとしての「本能」が優位に立ってしまう時期も在ると思う。

でもね

欲望を叶える為に、人を騙したり裏切ったり涙を流させたりする生き方はしない方が良い。

正真正銘実物大の自分で、世の中を生き抜く方が格好良いから。

中身の伴わない「ハッタリ、嘘、上っ面」で得た物事、出会いは直ぐに消え去る。

焦って、眼の前の結果を求めたい気持ちは分かるけれど…

どうか、落ち着いて冷静に成れる「自分なりのやり方」を見付けて生きて下さい。

人を悲しませたり、失望させたり、呆れさせたり、泣かすような生き方を平気で出来る人間には成らないで欲しい。

人を思い遣り、人を気遣い、人を大切に生きてさえ居れば…

年をとり、人生の中盤後半に差し掛かった時に独りに成らないで済むから。

お金も地位も名誉も大切かも知れない…

大切だけど

やっぱり一番大切なのは、「人との関わり」だと思うから。

何気無い日常、関わってくれる人、気に掛けてくれる人、心配してくれる人…

互いに「無償で関われる関係」が在ると無いとでは人生濃度が違うと思う。

今、二十歳前後

40代、50代を過ぎても「仲間」と酒でも飲める様な人間に成って欲しいと思います。

中年老人に成っても、演じたり肩肘張らずに「少年少女」のままの関係性で居られる存在が1人、たった1人でも居てくれれば安心して生きれる。

失敗も後悔も、挫折も苦労も必ず在る
天狗になり、有頂天に成る時も必ず在る

そんな時

自分の事しか見えない、自分の事しか考えられない行為をしてしまう。

人に嘘をつき、騙して迄生き残ろうとせず
人を見下し、人を軽んじたりする事も無く

人を大切に、人に感謝し、人を思い遣る

そんな生き方、自分で居れば絶対に大丈夫だから。

誠実に正直に、胸を張って「社会」を生きれる自分で在って欲しいと願います。


成人、おめでとうございます🎍


がんばって (⁠^⁠^⁠)