ブログで何度か書きましたが、わたくしは数十年ですが「身体が動かない、気力が沸かない」状態になり「鬱」の診断をされました。
ある日、乗用車から仕事の車に乗り換えようとした時…乗用車から降りれませんでした。
当時は自分で商売をしておりまして、出発しなければ店も開けられませんしバイトやパートさんにも迷惑が掛かる…と分かっていながら車から降りる事が出来ませんでした。
比較的気安い関係のパートさんに電話を入れ、現地に来てもらい事情を説明して…
「後はやっとくから、今から病院行ってき」
病院に行き、診断されたのが「鬱、かなり重度」との結果。
まァ、その日以来一切病院に行きませんでしたが…笑
当時、6000万の返済に全てを費やして居た時期…
金融機関の2000万は良いとして、金主で在る「師匠」への4000万の返済が生き地獄の様な苦しかった時でございます。
土産店、サービスエリア等、催事の我が商売の傍ら、金主で在る師匠の仕事を断り切れずに「布団」で眠る事か稀の生活でした。
草食動物で聞く「断片的睡眠」の様に、何かの隙間時間にウトウト目を閉じるだけの生活が数年続いた訳です。
深夜迄、当時流行った「スーパー銭湯内」での商売も在りましたし、夜間には「市場内」での仕事も在り、師匠に任された「運送」の仕事は24時間でしたし、日中は通常の商売…
全てわたくしが現場に出ていた訳ではございませんが、日中、深夜、夜中、朝方と何かしらの連絡や問題やクレームがございました。
そして、出て来た利益の「ほぼ全額」が返済の為に強制回収され現金は残らない。
ガソリンカードや高速カードはございましたが、それすら金主管理の状態…
各店のレジの釣り銭すら無く、何時もパートさんが立て替えて用意してくれる始末…笑
食べて無い、寝て無い、笑って無い、余裕が無い、希望も無い…
数時間の隙間が出来、何とか布団で眠ろうとしても「不安、恐怖」で発狂しそうになりテレビや音楽の音量を最大にして誤魔化そうとするのですが…当然近所迷惑ですし眠れません…
仕方なく、何処かしらの店に行き一緒に働く始末…24時間365日何かしら仕事は動いてましたから。
(早く死にたいな…)
約10年前後でその様な生活は終わったのですが、今でも「精神的」にしんどく成る時がございます。
仕事がしんどい訳では無い、私生活がしんどい訳でも無い、金銭面でしんどい訳でも無い…
得体の知れない「何か」に縛られてる様な感覚に見舞われる事がございます。
怒られるかも知れませんが、今でもベースには(何時死んでも良い)と思う自分が居ます。
その意味では、今でも精神的に所謂「普通」では無いのかも知れませんね。
わたくしだけでは無く、誰もが多かれ少なかれ浅かろうが深かろうが「何等か」の何かを抱き生きて居るのでしょう。
「記憶」は消せませんし、記憶や経験が宝にも足枷にも成る諸刃の剣…不思議な生き物です。
心乱れる空間や情報を遮断してるつもりですが、日常生活ではそうもいかないのが現実。
今回、何故この様な話を書いたかと言いますと…
心の声を聞く
この事は、本当に大切だと思うからです。
上記の様な人生がわたくしを待って居たのですが、そう成る「前」には真逆の生き方や考え方をして居た自分が居る。
我欲欲望を果たす為なら「何でもあり」の生き方でしたし、無責任いい加減を極めた様な自分だった筈です。
裏切る、騙す、偽る…何とも思って無かったですし、他人を悲しませたり脅かしたり追い込んだりする事に躊躇いは無かった…
あったのかも知れない…心の奥底では
それでも、表面上のエゴの世界の自分が幅を効かせて居たのは確かだと思います。
目先の快楽や得に溺れ、当に調子に乗り「この世の春」を堪能して居た気がします。
田舎者が何かの弾みで調子に乗り、人間の上っ面の欲望駆られ「我を忘れた状態」で生きてた感じですね。
努力する訳でも無く、我慢する訳でも無く…
お金も人間も、自分自身も「雑」に扱って居ったのは確かな事実。
その様な自分に「気付かせる為、身を持ってやって来た事を知らしめる為」にお天道様はしっかりと状況を用意してくれる。
わたくしの場合、死にたいと思える程の状況を味わされてくれました。
本当に死にたかったですし、朝が怖かったですし、電話が怖かったですし、暗闇が怖かったですし、世の中が怖かった。
何時返済出来る目処も立たず、仕事以外に使える現金も無く、頼ったり相談出来る人も無く、一生飼い殺しの人生しか描けない…
それでも時間は止まる事無く、毎日の暮らしは嫌でもやって来る…
わかったか?お前のやって来た事、生き方はこう言う事なんやで?
ちなみに、この師匠の事は「渦中」に居る時は本当に心から「殺してやりたい…」と思ってましたが…笑
後年、宝の出会いだったと感謝出来ました。
目茶苦茶厳しく口うるさい人ですし、若い頃は本当に怖い存在でしたが…それ程の人物で無ければ当時のわたくしにアレコレ言えなかったと思います。
世の中や人生を舐め腐った人間には、強引に強制的に「躾ける人間、気付かせる人間」が必要だったのでしょう。
口先だけで、長いものにまかれ、本人の居ない所でアレコレ格好付ける人間は沢山見て来ましたし知ってますが…
やはり苦労人、本当に苦労を知ってる人間は五感で分かる。
面と向かってモノを言えない人間、人に真正面から真実を言わない人間は「今迄の自分に自信が無い」証。
その様な人間に、何を言われ様が誰も言う事は聞かないのは当然…ですが
稀に
この人は本気や、この人は本物や…そんな人間は実在する。
男として、人間として惚れる存在
世の中で一番憎くムカつく人間が、実は一番大切で重要な人物だった。
今は袂を分けてますが、師匠に色々な面で未だ学ばせて頂いてる居る次第です。
挨拶に始まり、行動に至る迄…
感謝ですね。
人との巡り合わせ、出会いは必然
苦しい時や辛い時には、安心や英気を与えてくれる人が現れる…
順境な時や勢いの在る時は、そのエネルギーを必要とする人が現れる。
せっかく「素晴らしい心」をお持ちの人でも、関わる人間により「薄汚れた人物」に染まりますし…
どうしようも無い様な人物も、関わる人により人格や人間性が磨かれる事も在る。
その出会いが、お互いにとってプラスに作用するかマイナスに作用するのか?
楽をさせてくれる人が「良い人」と人間は勘違いや錯覚をしますが…
麻痺してないかな?
まァ、わたくしがアレコレ言う筋合いも無いか…笑
この人と出会って、あの人を知って
自分の考えや意識が少しでも向上し磨かれたと感じる人は「自分の人生物語」のメインキャストでしょうし、そうで無いボヤケた存在と言う脇役も居る。
本当におもしろい現象
他我絡み合う社会では、真心の声は掻き消され妥協し不本意でも同調せざるを得ない時も在ります。
真心、本意を殺してでも「安心感」を得たいのが人間と言う生き物。
本当は、何が善くて何がベストなのかは分かって居るのに…
汚れ無き純粋無垢な「声」
多分、その次元が「自然」と調和した世界なのでしょう。
人間はエゴの次元を生きて居り、それが人間界にとって「善き方向」へ進んでるのか否かは、わたくしには分からない…
只
嫌でも、その世界を生きざるを得ない
嫌でも、その次元を生きざるを得ない
(腐ってやがる、性根どうなってるねん?)
そう感じながらも、毎日こなさなければ成らない日常。
その様な「人間社会」に心底疲れてる方も決して少なく無いと思います。
全ては
学びで在り、試練で在り、必要だとも思うのです。
山もあり谷もあり、嵐の日も在れば快晴の日も在り、落ち込む日も在れば元気な日も在る。
それらの状況で、何かに気付き、其処から学び、今後に活かす…
その繰り返しの先に「成長、向上」と言う喜びや達成感が在る。
人生、世の中は「見る角度」によって天国にも地獄にも変化する。
(この人生、学ぶだけ学んでやろう!)
染まらず、汚れず、従わず…可能な限り
その先には、未だ知らない素晴らしい世界が開ける!
その様な意気込みで、この人間社会と向き合うのも宜しいかと思います。
個人レベルでも国家レベルでも、同じ様な事が繰り返されるなら…ループしてるのなら
やってる事、やって来た事が正常では無い可能性が高い…
よ〜く、しっかりと、逃げず、避けず、誤魔化さずに
己を見る
性根は腐って無いか?
意地悪人間で無いか?
他人を舐めて無いか?
よく見えると思います。
がんばって (^^)

