気象系51。
J禁、P禁、ご本人様筆頭に各種関係全て当方とは無関係ですのでご理解よろしくお願い致します。

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 艶消しの施された細いリング。チタン製でゆるやかな捻じれのあるそれは他の金属よりも軽く丈夫で身に着けるアクセサリーとしては上質なものだ。くるりと捻じれている以外には特に飾りがあるわけでもないシンプルなデザインはどんな服にも馴染んでくれるだろう。なんとなしにくるりとひっくり返してみてから、突然どうした?と聞けばキッチンで洗い物を片付けていた恋人が振り返らずに、似合うと思って、と返してくる。
 今日は彼の方が仕事の終わりが遅かったから晩御飯の支度は俺がした。どちらが決めたわけでもないが、食後の洗い物は作った人への労いも兼ねて作ってない側がやるようになっている。いつの間にか。一緒にやって早く終わらせてイチャイチャしたいなあって思わないでもない。

「なんで突然。」
「大野くんだってそうじゃん。」
「だって似合うと思ったんだもん。」
「でしょ。」

 水に濡れていた手を拭いて近づいてきたまつもっさんは、これ、と言いたげに首から下げていたドッグタグのネックレスを指さした。鮮やかなピンクゴールドは女性らしさの方が全面的に出ているような気もするが、浮かび上がった星のモチーフがそれを超えるゴツさで気に入っている様子だった。周囲を威嚇していた子供の頃に選びがちだった大振りな感じが気恥ずかしくもあるようだったが、嫌がられた様子はなくてホッとしたのも久しい。
 確かにそのネックレスを見た時ぱっと頭に浮かんだのは恋人で、1も2もなく買ってきた。即決だった。でもそれは自分がどれだけ恋人に心酔しているかという事をきちんと知っているからこそ受け入れられる行為なわけで。彼が自分に向けてくる好意の全てを見ているわけではない自分にとって、アクセサリーを突然買い与えられるというものはなんとも信じがたい。そこまでの好意を向けられていると感じた事は1度もなかった。

「しかもこれちっさくね?小指用?」

 どうやらフリーサイズらしい切れ目の入った輪をなんとなしに小指に通そうとしたら待って、と止められた。胡乱気に見上げれば貸して、と言われて持っていかれる。
 ソファに座る自分の足元にすっと跪いたところを見るに、女が憧れるような恭しいリングセレモニーでも始まるのかと思いきや、彼が手にとったのが自分の手ではなく足先で驚く。

「ちょ、ちょ、まつもっさん!?なにしてんの?」
「何ってオレが嵌めてあげようと思って。」
「いやいやいや、え?それ足用なの?」
「うん。トゥリングなんだよ、これ。」

 元から靴下を履かない俺の左足をさくさく持ち上げてすっと薬指に通してしまう。艶消しされてるはずなのにきらりと光ったような気がして、俺はその気恥ずかしさからすっと目を背けた。指輪って手に嵌めるものだけじゃないんだ。

「うん。やっぱ似合う。」
「そりゃどうも……。」
「キツくない?」
「それは平気。違和感あるけど。」
「ごめんだけどそれは慣れてね。」

 ふっと零れる様に笑った顔がカッコよくて胸がきゅっとする。左の薬指って手と同じ意味があるのかな。これってお前からの独占欲ってことでいいの?

「大野くんのサンダルなら指隠れて見難いからきっとつけててもバレないよ。」
「指に意味あんの?こっちも。」
「ここは既婚者が着ける指。」
「おい、結婚してねえだろ。そもそも出来ねえけど。」
「結婚したいくらい愛してるって事!」

 言いながらまつもっさんは、どっから出したのか同じ指輪を右の薬指にも着けた。これで両足の薬指に指輪が嵌ってる事になる。

「え、なんで右も?」
「トゥリングは両足じゃないと意味ないんだって。」
「へえ、そうなんだ。」
「ふふ、これで大野くんは永劫オレだけのものだよ。」

 ちゅっとつま先にキスが落ちる。羽のように一瞬触れるだけのそれに顔から火が出そうなほど心が乱されて急に逃げ出したい気持ちにさせられる。
 こんなアクセサリーを贈ってくるほど思われてるなんて知らなかったのに……。指輪だけでビックリしていたところに気障なセリフまで吐かれるしキスまで落とされたらどうしたらいいのか分からない。

「……どうして困ってるの?嫌だった?」
「いや、そうじゃねえんだけど……。」
「なに?」
「俺、今お前に返せるもん持ってない。」

 ずっと一緒に居たいと、アイドルという職業柄、堂々とは表立って示せない愛をこういう形でくれたまつもっさんに同じだけのものが返せない。
 どうしよう、と困っていたら足を下ろしたまつもっさんが両腕を広げてきた。

「え、なに?」
「飛び込んで。」
「え?」
「はやく。」

 訳が分からないまま待ち構える厚い胸に飛び込む。ぎゅうっと抱き着いたら同じだけ抱きしめ返してくれて、少しの間無言でぎゅうぎゅうと抱き合う。触れ合った体からまつもっさんの温かさや優しさや、愛しさなんかがいっぱい流れ込んできてこんなに幸せでいいのかって泣きたくなる。
 何年か前にハワイで幸せだった時もずっと泣いてたなあ。あの時の感情とは違うけど、変わらないのはあの時もずっと隣にまつもっさんがいてくれた事だ。俺を受け止めて受け入れて愛してくれる。この存在に救われている。

「好きだよ。」
「うん、俺も好きだよ。」
「その気持ちがあれば十分だよ。」

 物なんてなくても、言葉を交わして抱き合って愛してるって事が伝われば。大切で特別だって伝わればそれだけでいいんだって。

「愛してるぞまつもっさん」
「オレも愛してる。ふふ、急に大盤振る舞いだね。」
「ずっと思ってるもん。なあもっとイチャイチャしよ。」
「ベッドで?」
「我慢できないからここでもいい?」
「はは!えっちだなあ。大野くんのそういうとこも大好きだよ。」

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