気象系51前提2→1。2視点。
J禁、P禁、ご本人様筆頭に各種関係全て当方とは無関係ですのでご理解よろしくお願い致します。

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 毎日数社分取り寄せている新聞には今日も政治経済から小さな地域のほっこりする話まで色んな文字で溢れている。ともすれば透けてしまいそうなほど薄い紙にどれだけ重要な言葉が並んでいるのか。検索すればネットでなんでも知る事が出来るこの時代だけれど、そもそも検索しようにも単語を知っていなければならないし、何かの事件が起きていても報道されなければ知る由もない。決してネットだけでは知りえない事を教えてくれるツールとして、新聞はとても重宝していた。
 昔から、未知のもの、自分が知らない物事に対する知的欲求は強かったように思う。吸収すれば吸収するだけリターンがデカい。自己肯定感も承認欲求も満たされる勉学というカテゴリー。身になっていく実感が小さな頃は楽しかった。周りからは優等生として頼られてきた俺の性格の大部分はそういうところから出来ていて、自分を構築していったそれらのおかげで今では有難い事に後輩たちがアニキと慕ってくれている。俺にとっても彼らの存在は大きい。
 その中でも特に大きいのが松本だった。昔から俺の後ろをついて歩いていた小さな子供。割と簡単に泣いて、あれはこれは?と知りたがり、寂しがり屋でひとりにされるとすぐに俺を探す。真っすぐに好意を隠さないあいつは一緒のグループでデビューしてからも俺のようになりたいと背伸びをしてグループのために、グループをまとめようと必死に足掻いていた。俺のやり方を参考にしてどんどん吸収して成長していく姿は微笑ましく、下積み時代は毎日電話がかかってきて熱い議論を交わしたもんだ。
 そんな松本が苦手にしていたのが智くんだった。

「?」

 俺の視線に気づいてきょとんと見上げてくる智くんに曖昧に笑って視線を新聞に戻す。
 誰かに頼ることをあまりしてこなかった俺が唯一心から敬愛している彼。事務所の先輩含め俺が兄と呼ぶのは智くんだけだ。社長に智くんの真似をしろと初めてバックにつかせてもらった時から智くんへの憧れは薄れる事なくどんどん深くなっている。自分とは違う世界を生きていると感じる、俺が知らない感性を持つ人。俺は死ぬまできっと彼の感性を完璧に理解することはできないし、俺の中でずっと凄い人のままなんだろうと思う。日々進化していく彼を間近で見ていると余計にそう思う。
 知らなかった角度で物事を知ることが出来るのが楽しくて、一緒にいる間中彼が見ている世界を覗きたがってどんな事を考えているのかを観察したりした。そんな様子を遠くから見ていたのが松本だ。あいつは俺と感覚と思考が似ているけど、理解できないものは嫌煙する性質で智くんを1度理解の出来ないものに定義してしまってからずっと近づこうとはしなくて、俺が智くんを構う事もよく思っていない節があった。距離を測りかねてる、というか。最初は分からないものをわかろうとする努力をしてはいたけれど、智くん自身に松本に理解してもらおうという気がなくていつも暖簾に腕押しで。ちょっとした事で癇癪を起しては往なされていた。あの頃は松本も子供だったから仕方ないのかもしれない。
 そんなぷんすか怒る松本をどうどうと宥めながら、少しずつ智くんを理解出来ていく俺は少し優越感を感じてもいたと思う。やっぱりあの人には俺しかいない。俺がついていなきゃいけないんだって。
 そういう憧れがいつの間にか恋に変わっていた事に気付かなかったくらい、どんどん近くなっていって……同じだけ遠ざかって行っていた。正確な距離をちゃんと把握出来ていれば、あの人を自分のものに出来ていたら、手に入れていたら俺の世界はきっともっと広がっただろう。1番近くで七色に変わる目の色を見て、聞いて、知る。俺にはない世界を死ぬまで見せてくれる彼を手に出来ていたら、もっと素敵な毎日になっていたかもしれない。そんな詮無い事をよく思う。

「大野さん。」
「はあい?」

 ガチャリと前室のドアを開けて入ってきた松本がスイーツ部としてケーキを食べていた智くんを手招く。今回のツアーでは智くんはメインの振付師として参加していて、テレビの収録でも別撮りのロケや雑誌の撮影の合間なんかでも色んなやり取りをしているのを見ていた。
 リハの準備中でステージを歩き回ってる松本が来たってことは、何か変更点があるんだろう。とてとてと近づいていった智くんに片手に持った紙を見せて何かしらお伺いを立てていて、智くんは喉を触りながらちょっと考えてすぐに紙面に綺麗な指を滑らせて質問に答えていく。
 ふたりが並ぶ姿をもう何度も、何年も見てきた。智くんを苦手としていた松本がどんどん平気で話しかけて触って構い倒して同じ方向を向いていくのを最初は微笑ましく見れていた。
 今は視界に映る彼らのじゃれ合いにズキズキと痛む胸をどうやって沈めるかが目下の難題になっている。

「っ、こら。」
「いいじゃん、ちょっと補充するくらい。」

 詰るような智くんの声に思わず顔を上げる。鏡越しに頬を押さえる智くんと嬉しそうに笑う松本の姿がある。ズキズキ、胸の痛みが酷くなる。

「楽屋でイチャつかないでくださーーい。」
「くふふ。ケーキがめっちゃ甘くなったよ今!」
「今しか時間ないんだからいいだろ。」
「終わってからいくらでも相手してやっから我慢しろよ。」
「マジで!?」
「うっさいバカっぷる。よそでやれ。」
「おれは心が潤った~~!仲が良いっていい事だよね~~っ!」

 呆れ気味のにのとニコニコしてるあいばくん。幸せそうに溶けた顔の松本と、怒りながら満更でもなさそうな智くん。和気藹々としたいつもの空気は智くんと松本が付き合い始めたと俺たちに報告してからも変わる事はない。

『しょおくん。』
『なに、兄さん。』
『おいらね、まつじゅんと付き合う事んなったの。』

 いつか1人で入ってみたい、そんな夢を話していた閑静なバーの片隅で、ムーディな音楽の中ぽつりとそう報告された。もっと場所を考えなよ、とか嘘じゃないの、夢であってほしいって色んな感情がゴチャゴチャになった結果、俺はとりあえず店内を見回す事しか出来なくて。松本の知り合いが経営してると言っていたこのバーに、好意で開店時間よりも前に入っていたんだと遅れて思い出す。わざわざここを選んだという事はカウンターに立っている彼は2人の関係を知っているのだろう。たぶん。
 メンバーよりも先に誰かが知っているという事実は解せない。けど、きっとここで飲んでる時にぽろっと言ってしまったんだろうなとも予想がつく。
 そして同時に思い知った。俺が智くんに向けていたものが本当はどういう種類の感情だったのか。

『智くん、松本の事好きだったの……?』

 震える唇で滑り出した言葉はそんな事しか聞けなかった。おめでとうともやめた方がいいとも言えずに真っ先に彼の感情を確認する辺り早速未練がましい。あの真面目な松本が、愛情深い智くんが、きっと俺たちの事も考えて悩んで悩んでそれでも手を取ると決断した事は想像に難くない。そこにある覚悟がどれほどのものなのかを俺は誰よりも正確に理解できるだろう。智くんの事も松本の事も、にのやあいばくんよりもずっと多く沢山傍に居て見て聞いて知っているんだから。

 カラン、と溶けた氷の涼しい音が余計に心を冷やしていく。手にしていたグラスが結露を纏って指先を濡らす。ぬるむそれを擦って乾かしながらごくりと喉を鳴らした。

『うん。』
『いつから?』
『それ潤にも聞かれたんだけどさ、あんま覚えてないんだよね。』

 潤。
 ふざけて、とかからかうような音でもってその言葉を聞くことは多くあった。それは収録の現場であったり、前室のじゃれあいだったり、ライブのファンサービスだったりした。けれど今囁かれた名前はそのどれもと違う愛おしさの込められた響きを纏っていて、瞬間的に胸の内で嫉妬が燃え上がっていく。
 あんなにも近くに居た俺だって、智くんにそんな風に呼ばれた事はないのに。
 けれど同時に仕方なかったのかもしれないとも思う。遠くから見ているだけだった松本がいつの間にか智くんの心に入り込んでその世界の中心に座り込んでしまっていた事に俺は全く気付かなかった。あれだけ毎日のように智くんを見て、話して、触れ合っていたのに。彼の世界が独特過ぎて、そちらにばかり目がいって、その中心が変わっていた事に全く気付かなかった。結局俺は智くんの周りを固めていた趣味趣向にばかり興味があって本質的な部分を見落として彼を真正面からちゃんと見ていなかった事になるんだろう。
 違う世界を生きている、そう思っていたから。同じ世界に生きているとは正直今も、思えていない。

『みんなね、俺のまんまでいいよって言ってくれんの。俺が見てるもん、聞いてるもん、感じたもん。そういうのを俺らしく持っててくれんのがいいよって。そのまんまがいいよって。』
『うん。』
『でもそれってどうしたらいいんだろう、そのまんまってどうするんだろうって。おいら考えたりする方じゃねえじゃん?だからわかんなくなってた時があってさ、そん時まつじゅんが言ったんだ。“オレの事好き?”って。』
『……。』
『聞かれたからなんも考えずに“好き”って言ったら“じゃあそれが大野さんでしょ”って言うんだ。“色んな事考えちゃってグルグルしててもオレを好きなのが変わってなかったら、大野さんはずっと変わらずいつもの大野さんだよ”って。“だからオレを思い出して”って。ふふ、気障だよねえ。』

 懐かしそうに口元を綻ばせた智くんが笑う。

 いつの間に松本はそんなに大人になっていたのか、と驚いて、そして、敵わないなと思った。松本は大胆にも智くんが智くんでいるための方法を自分にしろと言ったんだ。

 俺はその選択は選べない。だって智くんは神聖そのもので、纏う空気を、その存在を、自分というファクターが入り込むことで台無しにしてしまうかもしれないとどうしても考えてしまう。予定調和を好む俺にその牙城は崩せず、スタートラインにすら立てない。同じ土俵で争えない。

『そん時に気付いた。俺ってまつじゅんの事好きなんだなって。きっとずっと、愛してきてたんだなって。じゃなきゃそんなすんなりわかったなんて言えないじゃん。俺は俺で、俺のもんなんだからさ。』
『……そっか。』
『うん。』
『……おめでとう?』
『うん。あんがと。』

 ふんわりと笑ってくれた顔が想像以上に幸せそうで、それ以上はもう何も言えなかった。

「翔ちゃんからもなんか言ってやってくださいよ。」

 声を上げたにのとぽんと肩を叩いてきたあいばくんに促されて新聞から顔を上げる。真っすぐ目を向けた先では智くんが松本の手から逃れて距離を取っていた。少し残念そうな松本がじっと智くんを見ているのを見ると、少しだけ胸がすっとする。可愛がってきた弟に恋人だと思っていた親友をとられてしまったような感覚に似てる。付き合ってる宣言からずっと変わらず複雑なまま。
 それでも邪魔をしようとは思えない。

「松本。」
「なに。」
「テンションはライブで上げろよ。」
「その前の起爆剤が必要なの。燃料補充だよ。」
「智くんからの同意はちゃんと得なさい。」
「くふふ!翔ちゃんマジおとうさ~~ん!」
「娘はやらん!」
「せめて息子っつってくんない?おいら男なんだけど。」
「こんな可愛い息子がいてたまるか。娘だ。それは譲らん。」
「いや翔ちゃん、主張するのそこじゃねえから。」
「あひゃひゃひゃひゃっ!」

 弾けるような笑い声に包まれる。いつもの空気をちゃんと俺も出せただろうか。

「じゃあ智、後でね。」
「うん。ケーキ食い終わったら俺も仕上がりのチェック行くわ。」
「よろしく。」

 手を振り合って離れる姿を静かに目の奥に収めて、そして今日も俺は手に新聞を掴んで離さない。世の中のあらゆる記事を読みながらいつか紙面のトップを彼らの話題が攫って行く未来を考える。きっととんでもない中傷と好機の目にさらされてしまうんだろう。そうしたら真っ先に俺がコメントを出すんだ。とても幸せで、お互いを尊重して、寄り添っている2人の事を。2人でいるからみんなの事も幸せに出来ているのだという事を。どんな時でも2人の味方でいるという事を。
 俺にしか上がれない土俵の上で、いつかのあなたがイケめてるって褒めてくれたキャスターとして、あなたを守るために。

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