気象系51。後輩ちゃんの記念館で出た5が描いた1の絵の話。
J禁、P禁、ご本人様筆頭に各種関係全て当方とは無関係ですのでご理解よろしくお願い致します。

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 煌びやかな光に輝く芸能界って世界。自分とは無縁のものになるはずだったこの世界にやってきて早20数年。これだけ長くこの世界に身を置いてもふとした時に馴染めないな、相容れないな、と思う。
 大多数が正義で、誰かを食い物にして笑いを取って、少数派に居場所はない。

「大野さん、機嫌直してよ。」
「そもそも悪くねえよ。」
「とか言いながらずっとムスッとしてんじゃん。」

 今日の収録を終えて戻ってきた前室からさっさと荷物を持って引き上げる。後ろから追いかけてきた潤が俺の腕を掴んで自分のマネに断りを入れて俺の車に乗り込んできた。そのまま勝手に俺の行き先を潤の家に変更してしまう。

「どうしたんだよ。」

 コツンと横から頭をくっつけてきてなだめる様に撫でられる。ささくれ立った心が落ち着いていくと、浮かんでくるのは苛立ちよりも悲しさだった。無言で滑り出した車の中で潤に肩を抱かれながら今日の収録を思い出す。
 絵がうまいと評判の後輩を褒めるだけでいいのに、比較として俺を描いてくれた潤の絵が出された。芸術家の友人もいいねって絶賛してくれた味のある絵で、4人が描いてくれた中でも特に気に入ってる作品だ。それを思い切り笑われた。

 芸能界にいるんだからしょうがないのかもしれない。その煌びやかさに目がくらんで見えないのかもしれないけどここは常に人の陰謀と策略の蠢く世界で、視聴者が望むものを体を張ってでも提供する場所だ。仕事だって割り切って差し出さなきゃいけないものが多い分、流して笑って心を殺していかなきゃいけなかった。そこが本当に俺と合わない。

 誰かを引き立たせる為に何かを犠牲にするやり方は好きじゃない。

「潤の絵は凄いのに……。」

 笑われてしまったけれどたぶん全員が凄くないと思って笑ってたわけでもないんだろう。わかってたけどダメだった。あの場では笑ってみせた潤の対応はプロだと思う。描いた本人がそうしていたなら俺も倣うべきだった。それでも嫌なものは嫌だ。好きなものを笑われるのは何度されても悲しい。

「ずっと庇ってくれてたもんね。」
「だって好きだもん、俺。あの絵は本当に凄いんだよ。タッチもちゃんと使い分けてるし、特徴も捉えてたのに。」
「ありがとう。」
「そもそも最初から濃い線でしっかり描いて自分を出せるってとこから凄いんだよ。」
「うん。」
「全部凄いんだよ……。」
「うん。」

 ガキみたいに愚図って繰り返す。なんでわかってくんないのって喚く子供じみた癇癪がグルグルしてて不快で気持ち悪い。最初にこういう扱いを自分が受けた時は思春期で傷つきもしたけどそういうもんなんだってすぐに慣れた。自分のご機嫌くらい自分でとれる。だって俺が好きなものをみんなも好きとは限らないから。俺の事でウケて笑顔になってくれるなら、むしろいいんじゃないかって思ったくらいだ。そうして麻痺していった感覚だけど、どうにも受け流せない。許せない。
 潤のことだけは。

「着きましたよ。」
「サンキュ。」
「ありがとうマネージャー。お疲れ様。」

 いつものように運転席に回り込んで声をかけて帰したマネージャーの車を見送って、潤に促されてエレベーターに乗った。閉まってしまえば自分の階に着くまで止まる事のない専用のエレベーターは俺たちだけを乗せて静かに上昇していく。並んで立った狭い籠の中でそっと潤が俺の手を握った。

「オレはあんま気にしてないよ。」

「……。」

「バラエティってそういうもんだし、あの絵はみんなに褒められたい絵じゃないから。」
「……うん。」
「智が凄いって言ってくれて、わかっててくれれば誰に何言われたって平気だよ、オレは。」

 分かってるよ。

 芸能界で何が大切か、ちゃんとその場所に合わせて選び取れる潤はその中でも流される事無く自分にとって大事なもんを間違えない。俺よりずっと潤は大人だ。チラッと俺を見て嬉しそうに微笑んだ潤の手を俺からもぎゅっと握り返してやる。


「でも俺は嫌。」
「ははっ!うん。」
「これからも嫌なもんは嫌だって言うよ。」
「うん。いいと思うよ。それが智だし。智がどれだけ噛みついたって可愛いだけだし、ファンのみんなは分かってくれるだろうしね。」
「潤は凄いってこれからも言う。」
「それは恥ずかしい。」
「恥ずかしくない。お前だって俺の事そう言いふらしてんじゃん。」
「事実言ってるだけじゃん。」
「俺も事実言ってるだけだもん。」
「そうですか。」
「そうだよ。」

 スッ、と止まったエレベーターの扉が開く。2人で1歩踏み出してモフモフの絨毯の上を歩いてる間も手は繋いだまま。玄関の鍵を開けた潤がどうぞって促してくる横をお邪魔しますって言いながら通り抜ける。ガチャン、て鍵がかかった音を聞いてから、くるりと回って向かい合ってぎゅうっと潤の体に抱き着いた。いつの間にかデカくなって逞しく強くなった大好きな潤に。

 本当はもうずっと、あの収録の時から抱きしめたくて、抱きしめられたくて堪らなかった。

「甘えん坊。」

 クスクス笑いながらも背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめてくれる。潤の体温、匂い、力強さ。全身いっぱいに潤を感じる。潤だけが存在する世界。腕の中に納まってしまうこのちっぽけな世界を俺はこれからも守りたい。

「おめえは気にしてなくてもおいらは傷心なの。癒されたい。」
「じゃあお風呂一緒に入ろ。背中流してあげる。」
「それはやだ。逆上せるもん。」
「長湯しないから。ね?」

 ちゅっと頬にキスされてお願いって言われたら断れるわけねえだろうが。
 にっこにこの潤の頬にチューを返してぼふっと肩に顔を埋める。思い切り潤の香りを吸い込みながら幸せを取り込む。俺が俺でいられる場所を作ってくれる愛しい人。潤以上の人なんてこの先きっと現れないだろう。
 明日も笑って怒って自分を切り売りするために放り出される広い世界の中でこの存在だけは絶対に離すまいと誓った。

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