考察
千葉県の東側には、東国三社が鎮座している事は知られています❗
そして、神社の3つの名前は、鹿島神宮、香取神宮、息栖神社の三社ですね❗
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240411/15/kodai-kousatu/68/67/j/o1024076815424428690.jpg?caw=800)
そして、祭神様は、
●鹿島神宮=武甕槌神様
●香取神宮=経津主神様
●息栖神社=久那戸神様
となっています❗
えっ、それで終わり❓
いいえ、ここで終わりません❗
紀元前7世紀頃に古代イスラエルから先にやって来た一族は、3支族があります❗
それは、鴨一族と八幡一族と春日一族です❗
先ず、
●鹿島神宮の武甕槌神様の事❗
鹿島神宮の武甕槌神様と言うのは、弓の達人の神様です❗
また、武甕槌神様の一族の古都を【鴨一族「加茂、賀茂」】と言います❗
また、神紋は、弓ではなく矢です❗
武甕槌神様のお妃は、お二人います❗
伊邪那岐様(伊弉諾様)と天児屋根様のお二人です❗
●香取神宮の経津主神様の事❗
武甕槌神様と天児屋根様の間に生まれたのが、香取神宮の経津主神様、別名(建布都神様)のお妃は、宗像三女神様の1柱(多岐都比売様)(田寸津姫様)です❗
また、経津主神様には、妹がいて、豊玉姫様、別名(外宮の豊受大御神様)、素戔嗚尊様のお妃の櫛名田比売様、別名(奇稲田姫様、稲荷神様、鹿屋野姫様)です❗
✦古事記に於ける天照大御神様と素戔嗚尊様の誓約(うけひ)によって生まれた三女神様というのは、素戔嗚尊様は、天照大御神様に誓約して欲しいのは、二つあり、そのひとつに宗像三女神様が欲しい、と言うことでした❗
理由は、三人は、シャーマンの仕事もしますが、灯台の役目も果たせると言う力を持っていたからです❗
だから、湖の中に祭られたり、池の中に祭られたりしています❗
三女神様は、銅鏡の反射板から海の向こうにいる船に光を送ることで、船の座礁から、守っていました❗
●息栖神社の久那戸神様の事❗
久那戸神様とは、クナト神様ですね❗
別名は、貴舟神様と言います❗
又は、別名、貴布祢様、貴船様、久那土様、久那斗様、岐様とも言います❗
クナト神様は、貴船様のことですから、京都の貴船神社には、石で出来た船が鎮座しています❗
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240411/15/kodai-kousatu/8b/0f/j/o0400030015424428699.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240411/15/kodai-kousatu/9b/19/j/o1080072015424428733.jpg?caw=800)
貴船神社には、罔象女神様、別名(弥都波能売神様)、ミツハノメ様と言う「水神様」としての化身として表現していますが、貴船神社の水神様とは、豊玉姫様の事です❗
豊玉姫様が、弥都波能売神様(罔象女神様)と言うことは、ホツマツタヱにも書いてありますね❗
しかし、ホツマツタヱには、豊玉姫様の夫は、ホオデミ様(木花咲耶姫様の御子)と書かれていますよね❓
実際には、豊玉姫様(櫛名田比売様、豊受大御神様)の夫は、素戔嗚尊様です❗
武甕槌神様の娘豊玉姫様だからこそ、伊勢の神宮外宮には、五穀豊穣神様である豊玉姫様(大宜都比売命様、櫛名田比売様、豊受大御神様)が祭られているのです❗
そして、東国三社の1つ息栖神社の祭神様が久那戸神様としているのは、武甕槌神様と伊弉諾様(伊邪那岐様)の間に生まれた貴布祢様(貴船様)だからなのですが、外宮から参拝する理由は、正しく武甕槌神様への忖度からなのです❗
それは、「国譲り」でアークを素戔嗚尊様から返してもらう恩恵にあるのが天照大御神様だからなのです❗
天照大御神様は、武甕槌神様に借りがあるからなのです❗
神話では、国譲りは、大国主様の息子の事代主神様からだと書いてありますよね❓
実際には、素戔嗚尊様が西日本の東征中に経津主神様と一緒に戦っている中で、経津主神様に素戔嗚尊様が国譲りの了承をしたことで、その事を天照大御神様に伝えに一旦徳島県(阿波国)へ戻って伝えたのです❗
神話のように武甕槌神様が素戔嗚尊様のところ(出雲)に出向いたわけではありません❗
武甕槌神様の、御子の経津主神様が素戔嗚尊様の伝言を伝えたわけです❗
それは、国譲りの件は、既に「誓約」(うけひ)の時に決まっていたことですから❗
天照大御神様は、大麻栽培が出来る土地が欲しかったわけです❗
それは、シャーマン(予言者)(日巫女)(卑弥呼)ですから、大麻は、必需品なわけです❗
薬草大麻だからこそ、日巫女様(天照大御神様)が祈祷儀式の時に大麻使用をしていた事を中国の使者が見ていたので、まるで狂ったような踊りをしていた日巫女様(天照大御神様)の事を中国に帰った時に報告したから、日巫女ではなく、「卑弥呼」と言う野蛮な言葉を使用したのです❗
魏志倭人伝は、3世紀に書かれたものですが、紀元前7世紀に行われていた祈祷儀式の事を3世紀の書物に載せたのです❗
日本の神話も中国の歴史書も国を守るために「改竄」するのは、当たり前なわけです❗
それを魏志倭人伝に書いてある事を鵜呑みにしていると言うのは良いとは思えません❗
近代史、現代史、新聞、テレビ等も改竄だらけですからね❗(笑)
神社も同じなんです❗
古事記、日本書紀を元に神社を創建し式内社としたものは、改竄ありきなのですよ❗
では、記紀には月夜見様(月読様)の事は、少ししか出てきませんね❓
いや、出て来ていますよ❗
名前を変えて出て来ているのです❗
伊弉諾様(伊邪那岐様)もあらゆるところで名前を変えて出て来ています❗
名前を変えて出て来る神様❗
自然神を変え出て来て来る神様❗
男神を女神として出て来る神様❗
手柄を別な神様にしている神様❗
地名を違う名前にしていること❗
充てる漢字に惑わされること❗
神仏習合の意味❗
義理の息子を息子と書いたり❗
義理の父親を父親としてみたり❗
勿論、母親も同じことです❗
この上に書いていることを理解しないと古代史は、掴めないですよね❓
By 古代の赤椿