考察
古代歌に【さくら】がありますね❗
歌詞は、3種類あります❗
何故、3つも歌詞があるのか❓
また、歌詞を簡単に変えても良いのか❓
歌詞を変える事が出来たのは、歌詞の作者が不明とされているからです❗
①
【咲いた櫻 花見て戻る 吉野はさくら 竜田はもみじ 唐崎の松 ときわときわ 深緑】
②
【さくらさくら 野山も里も 見渡す限り かすみか雲か 朝日に匂う さくらさくら 花盛り】
🔯下の歌詞は、大東亜戦争の開戦にて歌詞を変えます❗
③
【さくらさくら 弥生の空は 見渡す限り かすみか雲か 匂いぞ出る いざやいざや 見にゆかん】
🌟何故、大東亜戦争開戦を期に歌詞を変えたのか❓
恐らく、「イスラ・エル」(神と戦う者)を賭けての戦争になることを予感していたのかも知れませんね❗
どういう事かというと、この歌詞こそが、元歌詞だと思います❗
元歌詞だと思う理由ですが、それは、ヘブライ語による歌詞だと言う事です❗
日本国語大辞典によると、【弥生時代の弥生】の「やよい」という言葉は元々「いやおい」という読み方が変化したものと書かれています。
その語源は、クサキイヤオヒツキ(草木弥生月)の省略した「弥生」であり、「いやおひ」とも読みました❗
「いやおひ」とは、【神様】の命の事です❗
この「いやおひ」という言葉は、奥義抄にも使われていて、じっとその時を待ち、機が熟して命が華々しく出現する喩えに使われます❗
縄文時代から弥生時代への変換は、正しく時代の流れが、新たな勢力によって日本国が芽生える祈りの歌詞となっていると思われます❗
徳島県(阿波国)から、中央奈良県への進出がそれに当たると思います❗
だから、後世の人が、【弥生時代】と名付けたと思われます❗
歌詞の【さくらさくら】は、ダブルですね❓
それは、空海の【四国八十八ヶ所巡り】と同じ様に【八】という「ヤハウェ」を隠した意味だと思われ、「さくらさくら」は、桜への想いでもあるし、「八重桜」の意味をも含んでいると思われます❗
素戔嗚尊様の和歌にある【八重垣の〜】の八重は、遠くの山々の果てしなく続く空という意味も含めて、それこそ、果てしない【永遠の命】を象徴していると思います❗
だから、歌詞の「弥生の空」とは、神の死から復活し永遠の命を自分に見えていたのだと思います❗
それが、歌詞の「見渡す限り」に込められて「永遠」を語っているのだと思います❗
「限り」は、「限界」ですから、人の命の限界を語りながら、その先にある「永遠の命」の祈りの歌詞だと思います❗
歌詞の「かすみか雲か」は、「かすみ」は、旧約聖書での預言の意味で、歌詞の「雲」によって立ち上がる事だと思われます❗
よって、預言では、神は殺されたが、復活して生きていた事を語っていると思います❗
よって、歌詞の「かすみか雲か」は、預言通りとなってこの世の素晴らしい世界が作られる❗
という意味になるかと思います❗
そして、歌詞の【いざやいざや】は、旧約聖書の預言者の名前でもありますが、「祭祀」という立場からの「大いなる祈り」をいざやに託したのだと思います❗
【さくらさくら】と連呼する歌詞は、【桜の象徴は仏】です❗
【仏】は、亡くなった者ですから、「死人に口なし」なのです❗
つまり、「語ること無く本心を隠している象徴」というのが、さくらさくら(桜桜)の最初に伝えることだったのです❗
時が来るまでじっと待つ❗
何故なら、神(イエス)は耐え忍んで殺されましたが、生きていたのだと預言が成し遂げられたと皆で素晴らしいことだと喜び合いたかったと言うことです❗
冒頭では、「さくらさくら」の歌詞の作者は、一般的には不明とされてますから、私はその様に書きましたが、恐らくですが、作者は、【空海】(弘法大師)かと思われます❗
なぜそう思うのか❓
それは、徳島県(阿波国)の歌である【アワウタ】を【いろは歌】と言う歌詞に変えて偉大な二人の神隠し(イエス・キリストと預言者モーゼ隠し)をしている事は知られているからです❗
By 古代の赤椿