女流編・巨匠ライブ編と続き、最後は男性編を。映画「僕のピアノコンチェルト」がきっかけで突如として(?)スタートした一連のシューマンのピアノ協奏曲については一旦ここで締めくくりたい。
今回取り上げた、5人の男性ピアニストについては内4名が現役。どこかでシューマンの生演奏をまた聴いてみたいものだ。
(画像:左上から時計回りで以下ディスクを紹介)
○ブレンデル盤
クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団
(1979年6月録音 フィリップス輸入盤)
一聴してクールなシューマン。ブレンデルの演奏はどこかアカデミックに聴こえてしまう所がある。当時48歳の録音。
2楽章冒頭の4つの和音をブレンデルは、テヌートをたっぷりかけて演奏しているが、自分にはしっくりとこなかった。全楽章を通じて、熱さが伝わってこない演奏。それは演奏の優劣という事ではなく、個人の好みの問題か。
一方、アバドはオケを自在にドライブし、見事なサポートで応えている。1、2楽章とクールに聞こえたそれまでのピアノも、3楽章ではオケの華やかさが加わった温かい演奏となっている。
なお、シューマンの協奏曲におけるロンドン交響楽団との録音は多く、今回取り上げたディスクの中でも、実に4枚目(アリシア・デ・ラローチャ盤、セタ・タニエル盤、エミール・ギレリス盤、ブレンデル盤)。もしかしたらシューマンの協奏曲を最も多くレコーディングしているオケかもしれない。個々に味わいが違うから面白い。
○マレイ・ペライア盤
サー・コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団
(1987年1月ライブ録音、フィルハーモニー・ガスタイク、ミュンヘンにて収録、ソニー輸入盤)
ライブという要素もあるが、この協奏曲のスタンダードとなりえる名演だと思う。繊細さと同時にひたむきな情熱を感じる演奏。例えるなら女性的な演奏といってもいい。そんなペライアの演奏はこの曲の初演がシューマンの愛すべき妻、クララだった事を思い出させる。録音当時、ペライアは39歳という若さだった。
オケも巧い。シルクのような肌さわりのサウンドを展開し、ピアノとうまく溶け合っているだけでなく、シューマンの繊細さをうまく表現できている。そういえばバイエルン放送響にはラファエル・クーベリックと残したシューマンの交響曲全集の名盤もあった。
ここで指揮をしているデイヴィスもシューマンの協奏曲録音の指揮回数が多く、記憶しているだけでもアラウ(フィリップス盤)とラローチャ(RCA盤)、最近ではキーシン(EMI)との共演がある。
○オラシオ・グティエレス盤
クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(1977年9月録音、キングズウェイ・ホールにて収録、EMI国内盤)
EMI原盤より、タワーレコード・新星堂・山野楽器の3社が企画・復刻させたApocryphaシリーズの中の一枚。
オラシエ・グティエレスはこのCDで初めて知った名前だったが、1948年、キューバのハバナ出身のピアニストで、1970年の第4回チャイコフスキー国際コンクールで第2位を受賞している。その年の1位にはジョン・リル、3位にはゲンナジー・ロジェストヴェンスキー夫人のビクトリア・ポストニコヴァ、ヴァイオリン部門の1位にはギドン・クレーメルと、現在も現役の豪華な顔ぶれが揃っていた。
当時29歳頃の録音となるが、今回取り上げたディスクの中では出色の一枚。熱い血の通った名演だ。ここでは情熱系の指揮者テンシュテットとの共演もプラスに作用し、起伏の大きな音楽を共に作り出す様子が伝わってくる。
録音も個人的にはあまり好みではないEMI原盤ながら、今回取り上げたディスクの中では最も状態がよい。演奏・録音共に隠れた名盤の復刻を喜びたい。
○ヴィルヘルム・ケンプ盤
ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
(1973年12月録音、ヘルクレスザール、ミュンヘンにて収録、
ドイツ・グラモフォン国内盤)
どっしりとした演奏(言い換えればテンポの遅い)のシューマン。録音当時78歳のケンプにとっては年相応な演奏だったのかもしれないが、クラウディオ・アラウの演奏で感じた、精神的な若々しさはここでは感じられない。
クーベリック指揮のオケも、そんなケンプのテンポ感に寄り添っているのだろうか、覇気が今ひとつ感じられないのが残念。
○ペーター・レーゼル盤
クルト・マズア指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
(1980年録音、ベルリン・クラシックス輸入盤)
巡り巡って以前にエントリーしたレーゼル盤を再度聴いてみた。一つの理想的なシューマン像を描き上げたまぎれもない名演だと思う。レーゼルの巧みなテクニックに裏打ちされた表現力と、彼の自信と確信に満ちたテンポ感が音楽に推進力を生み出し、オケをリードする形となっている。クルト・マズアの指揮ではあるが、まるで、レーゼル自身が弾き振りをしているかのよう。5月に彼の来日公演を聴いた印象と変わっていない。
今回10種類のディスクを聴いてみて、自分のマイベスト盤である事を改めて認識させられる演奏となった。
なお、このディスクには協奏曲後に作曲された2曲、「ピアノ小協奏曲(コンツェルトシュテュック)」と、「序奏とアレグロ」がカップリングされている。
特にピアノ協奏曲の12年後に作曲された「序奏とアレグロ」は興味深い。「赤とんぼ」と実に音形の似たメロディーが何度も繰り返し登場するのだ。まるで「赤とんぼ」はこの「序奏とアレグロ」をヒントに作曲されたと思う程。15分程の曲はシューマンの人生の夕映えさえも感じられる味わい深い曲。ここでもレーゼルの深みのある演奏が素晴らしい。