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正月休みに、NHKで小澤征爾(b.1935)氏のドキュメンタリーを観た。昨年1月、食道癌で療養を余儀なくされ、同年8月のサイトウ・キネン・オーケストラの松本公演に復帰したが、体力の回復に時間がかかる為、当初予定されていたプログラムは代役の下野竜也氏に委ね、本人は、オープニングに1曲だけ指揮をとることに。そこで演奏された曲が、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」ハ長調 作品48の第1楽章だった。小澤氏にとっては、師匠の故・齋藤秀雄(1902‐1974)氏が得意としていたレパートリーであり、サイトウ・キネン・オケでも既にレコーディングをしていたので、自信もあったのだろう、1楽章だけではあったものの、1曲入魂の素晴らしい名演だった。個人的にも、この曲はかつて「N響アワー」のテーマ曲に、序奏部分が使用されていた時代からお気に入りの曲。そこで、2011年の初ブログは、小澤氏の快気祝いも兼ねて、「弦楽セレナーデ」の第1楽章を、現在所有する10枚のディスクで聴き比べを楽しんでみたい。お国が違う7ヶ国計10団体のオケのストリングスセクションの個性を味わういい機会にもなった。(ジャケット画像:左上より時計回り)

<日本>
■小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
 (1992年9月録音、カノラ・ホール、岡谷にて収録、PHILIPS国内盤)


毎回メンバーの入れ替わりもある臨時編成のオケながら、今や世界を代表するオケの一つとなったサイトウ・キネン・オケのレベルの高さを実証する名盤。“弦”は、ある意味、彼らの多くの母校でもある桐朋学園で培われた“弦”ともいえるだろう。先日のNHKの名演を彷彿とさせ、故・齋藤秀雄氏への想いがひしひしと伝わってくる集中度の高い演奏で、スケール感、重厚感共に、最もしっくりとくるマイスタンダード盤。

<ドイツ>
■サー・コリン・デイヴィス指揮 バイエルン放送交響楽団
 (1987年1月録音、ヘラクレスザールにて収録、PHILIPS海外盤)


ドイツのオケを代表してバイエルン放送響盤を。クーベリックによって磨かれたバイエルン放送響のストリングスセクションのレベルの高さを感じさせる。ドイツ・オケという先入観で抱きがちな重々しさはなく、音に広がりを感じさせる澄みきった音色で、小澤盤と共にお気に入りの一枚。小澤盤と下記のマリナー盤(新盤)はいずれもフィリップス・レーベルによるもので、ストリングスとホールトーンとの配合バランスの巧さはフィリップスならではだろう。

<ロシア>
■ウラジーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団
 (1989年6月録音、モスクワ放送局大ホールにて収録、ビクター国内盤)


かつて、「だったん人の踊り」でエントリーしたフェドセーエフによるもので、今回の聴き比べを終えた上でのマイベスト盤。今回、ブラインド状態で音源を聴き比べしていたのだが、序奏から神々しいオーラを放つ響きにまず圧倒され、他の国のオケと違う個性を感じたのが、このモスクワ放送響盤だった。ロシアのオケだけに、自国の作曲家への敬愛が感じられるのは、チャイコフスキーの存在がいかに大きいかの表れでもあるのだろう。精神性の高い演奏。

<アメリカ>
■レナード・スラットキン指揮 セントルイス交響楽団
 (1982年10月録音、パウエル・シンフォニーホールにて収録、TELARC海外盤)


フェドセーエフ盤と並ぶマイベスト盤。テラーク・レーベルのカラーもあるだろうが、深みを感じる音色で、アメリカらしい華やかな演奏という先入観を持っていると、いい意味で裏切られる。当時、セントルイス響の首席指揮者に就任3年目の録音だが、しっかりと手中に収めているのが感じられる。ここで発揮される弦の手腕の巧さはスラットキンの父が弦楽器奏者だった事も影響しているのかもしれない。

■クリストフ・エッシェンバッハ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
 (2007年11月録音、ベリゾンホール、フィラデルフィアにて収録、ONDINE海外盤)


映画「オーケストラの向こう側」でもエントリーしたフィラデルフィア管によるライヴ録音。オーマンディ時代のフィラデルフィア管の芳醇でシルクのような肌触りの音は今でも健在であることを教えてくれる。エッシェンバッハ自身、緊張感はあまり強いず、フィラデルフィア管に全てを委ねているような指揮ぶりを感じる。

<イギリス>
■ジョン・ビクトリン・ユウ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
 (1993~94年録音、バービカン・センターにて収録、IMP海外盤)


韓国の指揮者、ジョン・ビクトリン・ユウの音源を聴くのは初めてながら、テンポの運びの良い名演。フィルハーモニア管の音が美しく、ユウの指揮にもしっかりと応えている。録音のせいか、はたまたホールのせいか、低音域がやや効きすぎで全体のバランスがやや悪いのが残念。

■ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団
 (1968年4月録音、キングズウェイホール、ロンドンにて収録、DECCA海外盤)

■ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団
 (1982年2月録音、セント・ジョンズ・チャーチ、ロンドンにて収録、PHILIPS海外盤)


旧盤は、序奏のテンポが全体的に早く、この曲に求めたい重厚感は味わえないものの、中間部のテンポの運びの巧さは、室内管ならではの機動力が活きている。新盤は、その14年後の録音で、マリナー自身の成熟と併せ、編成も大きくなったようで、風格の出た演奏となっている。

<オーストリア>
■フィリップ・アントルモン指揮 ウィーン室内管弦楽団
 (1990年2月録音、カジノ・バウムガルトナー、ウィーンにて収録、NAXOS海外盤)


シューマンでエントリーしたピアニスト兼指揮者のアントルモンによるもの。全体の印象については過去ブログを参照したい。やや低域が弱いが、室内オケの中でのマイベスト盤。

<ハンガリー>
■ヤーノシュ・ローラ指揮 フランツ・リスト室内管弦楽団
 (1990年9月録音、イタリア文化院、ブタペストにて収録、ハルモニア・ムンディ海外盤)


過去、「G線上のアリア」でもエントリーしたフランツ・リスト室内管による演奏。11名という小編成をパワーでカバーしようとしたのだろうか、序奏から力み、結果的にどことなく粗雑な印象を受けてしまった。全体的なテンポの小気味良さが、何となくバルトーク(?)作品のような印象を受けるのは、ハンガリーの団体ゆえか。