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アンドレ・プレヴィン(1929-2019)が亡くなってから5月でまもなく3ヶ月となる。プレヴィンがこれまでに残した数多くのアルバムの中で、彼が亡くなった後に改めてその魅力に惹かれる音源があった。それはベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。当時58歳のプレヴィンが英国のロイヤル・フィルの首席指揮者時代(1985-1992)に残した名演で、数ある「田園」の音源の中でも後世に残る名盤といえるだろう。ディスク表記は以下の通り。

■ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調 Op.68「田園」
 第1楽章:「田舎に着いて起こる、ほがらかな気分の目覚め」
 第2楽章:「小川のほとりの情景」
 第3楽章:農夫たちの楽しい集い
 第4楽章:雷雨、嵐
 第5楽章:牧人の歌-嵐の後の喜ばしい感謝に満ちた気持ち」

 アンドレ・プレヴィン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 (1987年6月28日~30日、ヘンリー・ウッド・ホール、ロンドンにて収録)
 (海外盤:ジャケット画像上、国内盤:ジャケット画像下、共にRCA)


まさにプレヴィンの人格が表れた「田園」。この演奏に惹かれたのは、何より無為自然なところ。ここでは指揮者の作為は一切感じられず、テンポ感も含め、作品への共感が全面に浮かび上がってくる。それだけに、ベートーヴェンが描きたかったであろう田園(パストラル)の世界が如実に感じられる。彼自身が指揮者であると同時に作曲家、ピアニストでもあり、オーケストラという楽器を通じて表現したかったことが明確にあったのだろう。
結果として、無為自然ながら、プレヴィンのタクトから繰り出されるのは緻密なアンサンブルとハーモニー。交響曲ながらどこか室内楽的に聴こえるのは、プレヴィンが室内楽奏者としても豊富な経験を重ねた成果が活かされているのかもしれない。
この曲は指揮者側の意思や恣意が前に出すぎるのは個人的に好みではなく、それゆえプレヴィンのような無為自然さがポイント。バーンスタイン盤やセル盤など、名盤と言われるディスクとも聴き比べてみたが、結果的にはプレヴィンのものがマイベスト盤だった。

また、特筆すべきはオーケストラの巧さ。特にストリングスセクションのアンサンブル精度が非常に高い。プレヴィンとロイヤル・フィルとは本ブログにおいて過去にラフマニノフブラームスの交響曲の名演を残しているが、このベートーヴェンにおいても最良の姿で奏でられている。特にフレーズの語尾の処理が実に丁寧で、プレヴィンの心の中にある田園(パストラル)が見事に具現化され、ハーモニーとして隅々まで行き届いているのを感じさせる。また、印象に残ったのは第3楽章「農夫たちの楽しい集い」で活躍するホルン。古楽器奏法的に効かせたインパクトのあるアクセントは、農民の踊りをリズミカル且つ効果的に盛り上げている。
プレヴィン&ロイヤル・フィルとのベートーヴェン交響曲録音は1・2・3番を残し、惜しくも全集としては完成されなかったが、田園を残してくれたのは何よりだった。

なお、こだクラでは海外盤と国内盤の2枚を所有しているが、国内盤は2007年に「アンドレ・プレヴィンRCAイヤーズ」としてリリースされた一連のアルバム。24BIT/96KHZのリマスタリングによって解像度の高い音で聴く事ができる(プレヴィンのサインが施されたディスク盤面のレイアウトもファンには嬉しい)。とはいえ、全体のサウンドではまとまり感のある海外盤も捨てがたく、オーディオ的にはどちらも愛蔵しておきたいディスクとなった。録音は名エンジニアのトニー・フォークナーが担当している。

自分自身、ベートーヴェンの交響曲といえばこれまで奇数番号の交響曲を主に聴き込む傾向にあったが、「田園」については、年齢を重ね、今回のプレヴィン盤をきっかけに改めてその良さが分かってきたように感じる。特に第5楽章の「牧人の歌-嵐の後の喜ばしい感謝に満ちた気持ち」は、人間として生かされていることへの感謝の気持ちが込み上げてきて、何度聴いても感動的。当時37歳のベートーヴェンがこの曲を作り得た境地(しかも第5番「運命」という対照的な曲の後に)に感服してしまう。折しも5月の新緑の季節、肩の力を向いて聴けるプレヴィンの「田園」は最良の清涼剤となった。



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