バーンスタインの「シンフォニック・ダンス」には作曲者本人以外にも素晴らしい編曲版が多く存在する。ロンドン響を経て、現在はコヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団の首席トロンボーン奏者及びギルドホール音楽院の教授であり、元フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのメンバーでもある、エリック・クリーズ氏(画像:下)によるものがそれだ。彼はロンドン響に在籍していた頃に、ロンドン響のブラス・アンサンブルのためにこの編曲を施した。それが、「エリック・クリーズ版」と呼ばれるもので、初演は'83年7月10日に、ロンドン響の地元バービカン・ホールで行われている。
彼の編曲の素晴らしさは、金管楽器の特性と、作曲者本人による「シンフォニック・ダンス」のエッセンスを熟知した上でのトランスクリプションを図っている事と、オープニングからラストナンバーまで、曲の起伏を考えた構成としている事だろう。ちなみにエリック・クリーズ版は以下のような曲順となっている。
プロローグ (Prolog)~何かが起こりそう(Something Coming)~マンボ(Mambo)~チャチャ (Cha-Cha)~アメリカ(America)~クール (Cool) ~サムホエア (Somewhere)
まず、注目されるのは、「マンボ」、「クール」に加え、もう一つの人気ナンバーの「アメリカ」を新たに加えた事。この曲はブラスが映える要素を持っており、実に適したナンバーだ。
2点目に、ラストナンバーをピアニッシモで終わる「フィナーレ」ではなく、「サムホエア」に置き換え、フォルテで雄大に終わらせた事。最後は静かに終わってしまう「シンフォニック・ダンス」とはまた違ったブラス・アンサンブルらしい構成だ。前置きが長くなったが、今宵はそんなエリック・クリーズ版によるディスクを3つ取り上げたい。(ジャケット画像:左上より時計回り)
①フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル
('85年12月録音、ウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール、ロンドン
にて収録、デッカ輸入盤)
エリック・クリーズ版の初録音は'83年の初演の2年後、当時のメンバーだったフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル(以下PJBE)によるものだった。
編成はトランペット×6、ホルン×4、トロンボーン×3、チューバ×3、パーカッション×3、の19名の奏者による演奏。まず参加メンバーがすごい。ロンドン響のブラス・セクションを支えてきたトランペットのモーリス・マーフィーに、ロド・フランクス、ナイジェル・ゴム、そしてチューバはジョン・フレッチャー。16名中、エリック・クリーズ本人を含め5名がロンドン響の中核メンバーである事からも、リーダーのフィリップ・ジョーンズがいかに当時の第一線のプレーヤーから慕われていたかがうかがえる。
初めてこの録音に接したのは高校時代だったが、当時からオケ版以外では不動のマイベスト盤となっていた。
まさにバーンスタイン・ワールド。“JAZZYな”、とか、“ノリ”といった言葉を超越した演奏だ。いつもは英国的な品格が漂うPJBEの演奏もこの時ばかりは違う。皆ノリノリなのが一聴して伝わってくる。音色はどの楽器も黄金色に輝き、連続するハイトーンを難なく吹き切り、息の良さが伝わってくる。ブラスの醍醐味を充分に堪能できる一枚だ。
録音は全体的にややオンマイクではあるが、名手達の音がはっきりと聴き取れるし、何よりデッカの優秀録音がクリアに捉えているのが嬉しい。翌年の'86年にはPJBEの解散、そしてフィリップ・ジョーンズも今や亡き後、これは後世に伝えられていくべき録音だと思う。
②ロンドン・シンフォニー・ブラス
('91年1月録音、バービカンホール、ロンドンにて収録、Collins輸入盤)
こちらが初演団体による演奏。このディスクは10年前の'97年の語学ホームステイの際にロンドンで購入した思い出のディスクでもある。こちらもロンドン響のメンバーを中心としたそうそうたる顔ぶれで、編成はトランペット×6、ホルン×5、トロンボーン×5、ユーフォニウム×1、チューバ×2、パーカッション×4と、PJBE盤より3名分パワーアップが図られている。トランペットにはPJBEの顔的存在だったジャームズ・ワトソン、トロンボーンには現在ウィーン・フィルの首席トロンボーン奏者として活躍するイアン・バウスフィールドの名前もある。バーンスタインが'90年10月に死去した3ヵ月後の録音であり、この録音がオマージュ的な意味合いもある事は間違いないだろう。
ここでは、エリック・クリーズ自らの指揮での演奏。PJBE盤との比較からいっても、メンバーの多くがPJBEで活躍していた経緯もあり、その影響がいい意味で色濃く出た演奏となっている。
改めてこの曲がいかにブラス向きかという事を証明してみせてくれとと共に、ロンドン響のブラスセクションのレベルの高さを見せつけてくれる。PJBE盤ではパーカッションのソロとなっていた「マンボ」でのシャウトも、ここではきちんと付いている!(おそらくパーカッションのメンバーだと思うが・・・) 「サムホエア」のフィナーレ部も実に感動的でよい。
そういえば、肝心のロンドン響本体によるオケ版のアルバムってないんだよなあ・・・実に聴いてみたいものだ。
録音はやや遠めで、低音域の音圧がもう少し欲しい所だが、バービカンホールのデッドな環境をうまく克服し、残響感を程よく取り入れられたものとなっている。
③オランダ・ウィンド・アンサンブル
('93年1月録音、ユトレヒトにて収録、CHANDOS輸入盤)
オランダがブラスに強い国である事を改めて感じさせる一枚。以前も「ロイヤル・コンセルトヘボウ・ブラス」や、「ファンファーレ・オーケストラ・オブ・ザ・ネーデルランド」のアルバムを取り上げたが、このアンサンブルはロッテルダム・フィルや、アムステルダム・コンセルトヘボウ管のメンバーを中心とした団体。「ファンファーレ・オーケストラ・オブ・ザ・ネーデルランド」に参加していたアムステルダム・コンセルトヘボウ管首席トランペット奏者のフリッツ・ダムロウの名前がある事にも注目だ。
このアルバムも充分にレベルの高い演奏で、「マンボ」はもう少しノッてほしいと思わなくもないまでも、「クール」や「サムホエア」は充分に楽しめる演奏となっている。
何せ前2枚が素晴らしい演奏なので、存在感はどうしても薄くなってしまうのは惜しい(^^;