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“音楽とは何か?”・・・もしこんな質問をされたら、何と答えるだろう?
ある意味、哲学的な質問に、ひとつのヒントを与えてくれるとても興味深いドキュメンタリー映画が公開された。『オーケストラの向こう側~フィラデルフィア管弦楽団の秘密』(原題:「Music From The Inside Out」、監督:ダニエル・アンカー、2004年作品)
フィラデルフィア管弦楽団といえば、かつてストコフスキーやオーマンディによって一大オケに成長した米国の名門オケ。ちょうど23日からのサントリーホール公演を皮切りに、フィラデルフィア管弦楽団の日本ツアーが開始される事もあり、前日のこの日は21時の上映前に、フィラデルフィア管のメンバーによる舞台挨拶&生演奏付きという特典イベントが行われた。
司会は作曲家、武満徹氏(故人)の長女で洋画翻訳家として活躍している武満眞樹氏。コンサートマスターのデイビッド・キム氏を始めとしたオケの他のメンバーも見えており、会場は立ち見も出る盛況ぶり。この映画の主役的存在でもある(若手のイケメン!)トロンボーン奏者、ニッツァン・ハロッズの無伴奏ソロに、首席ティンパニーのドン・リッチィー率いる5名のパーカッションメンバーが、映画でも登場したルンバの曲を披露し、会場を沸かせてくれた。

映画では、この名門オケに所属する一人ひとりのプレイヤーがフィーチャーされる。カメラは、彼らの普段のオケ活動での姿だけでなく、プライベートでの活動の姿も追う。弦楽五重奏に興じるコンサートマスター、障害者の施設で演奏をするヴァイオリニスト、週1回、深夜のクラブで演奏する上記のトロンボーン奏者、肺呼吸を鍛えるために日々早朝マラソンを欠かさないホルン奏者・・・形は様々だが、オケでの活動以外にもより身近な場面で音楽に向き合っている真摯な姿が伝わってくる。

当初、予想していた映画のシナリオは、名指揮者との共演を通じ、マエストロの厳格なリハーサルやトレーニングを経て、極上のサウンドを生み出してゆく「オケ」としての姿だった。確かに、映像ではサヴァリッシュやエッシェンバッハといった指揮者も登場しているが、彼らのインタビューやプライベートの姿は一切ない。あくまでも主体はオーケストラのプレイヤーなのだ。
極上なサウンドが生み出されるのは、プレイヤー個々の有能なテクニックに裏打ちされた豊かな音楽性があってのこと。その音楽性を良い方向に導くのが指揮者の本来の役割といえる。
100人ものプレイヤーが集うオケと指揮者との関係は、一つの企業にも例えられる。会社(=オケ)を支えているのは一人ひとりの従業員(=プレイヤー)だからだ。

つまり、オケは組織としての集合体に過ぎず、豊かな音楽性を養うためには、個々の経験値がいかに大切かという事がこの映画からも窺われる。もちろん、指揮者自身の音楽性や、カリスマ性といったものも最終的には必要。しかし、指揮者と通じ合うためには、個々の経験値も上げておくことが大切。それはテクニックを指しているのではではない。音楽を感じ、音楽に感動できる心ではないだろうか。自分自身、これまで聴いてきた(あるいは自分自身も参加した)コンサートの中で、プロの演奏に負けないアマチュアの演奏に多く接してきた事からも、そう思える。

この映画が描きたかった事は何だろう。自分なりに振り返ってみた。

○オーケストラプレイヤーの音楽観や人生観

輝かしい歴史、名指揮者達との共演・・・オケの一面は様々に語られる事はあっても、そのオケを支えてきたプレイヤーの言葉はあまり表に出ることはない。彼ら自身も指揮者に負けない素晴らしい音楽観を持ち、様々な境遇を乗り越えた今があって、オケのメンバーとしての活動がある。自己と音楽との関わりを、オンとオフでの活動を通じ、彼らの口から語られる。名門オケというブランドはそこには出ない。彼らの人生を通じ、生き様が伝わってくる。

○音楽にはジャンルや垣根がないこと

今回のパーカッションの特典イベントや、プライベートでクラシック以外の音楽にも精通し、楽しんでいるプレイヤーの活動を通じ、音楽には垣根がない事を改めて知らしめてくれた。特にパレスチナの音楽家と共演をし、アラブ音階を体得したイスラエル出身のチェロ奏者の試みは、言葉や国籍を超えた音楽という共通言語の存在を垣間見させてくれた。
ロシアやフランス、日本出身の奏者がディスカッションしあうシーンもあるが、多国籍なメンバー構成も珍しいことではなくなってきた。ヨーロッパ大陸からのクラシック音楽の輸入という点では日本のオケと同様だが、コスモポリタン志向の奏者が多いのはアメリカのオケならではだろう。

○音楽が持つ力とは・・・

目頭が熱くなった、印象的なシーンが二つあった。
障害者の施設で子供達にゴセックの有名なガヴォットを聴かせていたヴァイオリン奏者の演奏。
ステージと客席というシチュエーションではなく、目の前に座っている子供達に向かい合い、紙芝居をきかせるようにソロで演奏している。旋律の微妙な変化に子供達が無邪気に、敏感に反応する。彼らの感性の高さといったら・・・。
もう一つはケルンでの演奏旅行中の1シーン。夕食会が終わって外に出ると、ストリートミュージシャンがバンドネオン演奏を行っていた。曲はヴィバルディの「四季」より「冬」。弦楽合奏によるこの曲を何と一人で!プレイヤーの誰もが足を止めた耳を傾けていた。バンドネオンから圧倒される名演が生みだされていた。
まだ無名のバンドネオン奏者なのだろう。有能はアーティストは世界に無数にいる。聴き手が期待したいのは、有名とか、無名というのではなく、音楽で感動させてくれること、ただそれだけだという事だろう。

映画終了後、7月の正式発売に先がけて、10枚限定というDVDを、しかもメンバーのサイン入りという特典で幸運にも購入する事が出来た。上映前のイベントのおかげで、映画に登場するオケのメンバーにも親近感が涌いたし、自分自身がオケに抱いていた日々の疑問や思いが、具現化されたような素晴らしい映画だった。

のだめブームもあって、オケにスポットをあてた映画はタイミング的にも良いし、このような映画が今後も公開される事を望みたい。自分にとって、人生で初めてクラシックを聴き始めたきっかけはオーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団の名曲集のディスクだったし、福岡で聴いたフィラデルフィア管弦楽団の公演や、今回の映画も含めて、何か縁を感じるオケだ(^^)

音楽は個人が自由に感じていいもの・・・・これも映画のメッセージなのだろう。