冬の寒さが厳しい今日この頃。そんな寒さの折、心をホットにさせてくれるマイ・エナジー・ミュージックがある。その曲はブルックナーの交響曲第8番の第2楽章。ブルックナーの作品はどの曲も長大だが、このスケルツォ楽章は交響曲の中でお気に入りの楽章の一つ。ブラスとストリングスの濃密な呼応が求められ、精度の高いアンサンブルが試される点で聴き所が多い。約15分程度の演奏時間は朝の通勤時間に聴くにもぴったりで、エネルギーをチャージしてくれる。こだ蔵では10種類近くの音源を所有しているが、今回は、この楽章の魅力を再発見させてくれたクラウス・テンシュテット(1926-1998)指揮の3つの音源をエントリーしたい。
①【セッション録音】ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(ジャケット画像:左上)
(1982年9月録音、アビーロードスタジオにて収録、EMI国内盤)
①は最初にテンシュテットのブルックナーの魅力に気づかせてくれた音源。冒頭からただならぬ速さで突き進んでいくテンポは、これまで他の指揮者の音源では聴いた事がなく、新鮮さと同時に爽快感すら漂う。音楽がぐいぐいと前に進むその推進力は、テンシュテットにとって、ブルックナーが神格化された音楽としてでなく、喜怒哀楽を持った一人の人間と捉えた側面から描いているのだろう。テンシュテットならではの強靭な意志を感じる。それはあたかもブルックナーというより、マーラーを聴いているかのような感覚だ。ともするとアンサンブルが崩壊しかねない位の程のテンポ感だけに、オケにとっては相当なアンサンブル力が求められると同時に緊張感を強いられたに違いない。
もう一つ感心したのはホルンの使い方の旨さ。彼のワーグナー録音でも感じていた事だが、ブルックナーの交響曲でも咆哮という言葉が似合うくらい、ホルン・セクションを実によく鳴らしている。
例えば他の指揮者の音源だとトランペットの影に隠れてしまいがちなホルンの対旋律が、テンシュテットのタクトだと対旋律としてくっきりと浮かび、作品のスケール感と深みを引き出すことに成功している。実際、ワーグナー振りとしても人気を博していたテンシュテットだが、ブルックナー作品にも共通するものがあるのだろう。
②【ライヴ録音】ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(ジャケット画像:右上)
(1981年10月29日録音、ロイヤル・フェスティバルホールにて収録、LPO海外盤)
②は①の後に、購入した音源。ロンドン・フィルの自主制作盤で、オリジナルはBBC放送からのライヴ。こちらはセッション録音より約1年前の演奏だが、テンシュテットがライヴで力を発揮する指揮者であることを直に感じさせてくれる音源。とにかく凄い!第2楽章の演奏時間がセッション盤より更に20秒早くなっている(①は14分04秒、②は13分44秒)。セッション盤でも充分早く感じていのに、更にテンポが早くなっているのはライヴ所以か。ここはチェリビダッケやヴァント、ジュリーニのテンポ感とはまさに対極にある演奏といえる。聴き所については基本的にセッション録音と同じだが、テンシュテットの本番で見せる荒々しくも精度の高いドライヴ力、緊張感の高さという点ではこのライブ盤に軍配を上げたい。音源もEMI録音の①よりも解像度が高いのが嬉しい。
③【ライヴ録音】ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(ジャケット画像:下)
(1981年11月21日フィルハーモニー、ベルリンにて収録、Testament国内盤)
③は過去の発掘音源を次々とリリースしているTestamentからのライヴ音源で、①②の後にその存在を知った。共演相手がロンドン・フィルでなく、ベルリン・フィルという点で、オケ・サウンドの違いも含めて比べられる点が嬉しい。このライヴはカラヤンの代役として実現。当初、カラヤンのプログラミングはブルックナーの交響曲第9番だったが、交響曲第8番に変更された。偶然(?)にもこの公演が1981年の11月21日。その約一ヶ月前の10月29日にロンドン・フィルと上記②の第8番を振っていたのだから、この演目に変更されたのはある意味当然といえるし、彼自身にとっても第8番には絶対の自信を持っていたに違いない。
ここでもライヴならではの本領を発揮、2楽章の演奏時間は②の13分44秒より更に5秒早い13分39秒という演奏時間で切り抜けている。現在、こだ蔵で所有する音源の中でも、最も早い。
もう一つ驚いたのは、ベルリン・フィルがテンシュテットの表現したいブルックナー・サウンドに見事に変貌していたこと。当時はカラヤンの時代だったものの、ビューティフルなカラヤン・サウンドは身を潜め、ソリスト集団のベルリン・フィルがテンシュテットのタクトに必死に食らい付いていく様子が感じられる。当時、首席トランペット奏者だったコンラディン・グロートやマルティン・クレッツァーの感想を聞いてみたいものだ。
①のセッション録音はまさに、そんな②③の公演の成功を受けてレコーディングに結びついたのだろう。ちなみに、ベルリン・フィルとはこの公演の1ヶ月後の1981年12月に交響曲第4番「ロマンティック」のセッション録音に結実している。
①②③いずれも自分の心を燃焼させてくれたテンシュテットの貴重な音源の存在に感謝したい。
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