指揮者のアンドレ・プレヴィン(b.1929)が、1970年代のロンドン響の首席指揮者時代に行ったレコーディングで、長らく廃盤となっていたベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と第7番の音源が復活、タワーレコードからこの度リリースされた。後年、再録されたロイヤル・フィル盤とは、約15年近く歳月の離れた録音。同じ英国のオケながら、かたや、40代でロンドン響と勢いに乗っていた時期のベートーヴェンと、かたや、1985年以降、ロイヤル・フィルとロサンゼルス・フィルの音楽監督のポストを掛け持ちし、さらに、ウィーン・フィルを含めた一流オケに客演して世界的な名声を高めていた60代の頃のベートーヴェン。興味をそそられる二つの音源を聴き比べてみた。ちなみに、ロンドン響盤のジャケットは、マッシュルーム・カットにストライプのシャツを着こなしたプレヴィンが、まるでアイドルのように写っているのが貴重だ。(ジャケット画像/左上:ロンドン響盤の第5番・第7番、右上、ロイヤル・フィル盤の第5番、下:ロイヤル・フィル盤の第7番)
ベートーヴェン
①交響曲第5番 ハ短調 作品67 《運命》
②交響曲第7番 イ長調 作品92
アンドレ・プレヴィン指揮
■ロンドン交響楽団
①1973年1月10-11日録音、キングズウェイ・ホールにて収録、EMI国内盤
②1973年11月26日、12月19日&1974年1月17日録音、キングズウェイ・ホール、アビー・ロード・スタジオにて収録、EMI国内盤
■ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
①1988年6月23日・24日録音、ヘンリー・ウッド・ホールにて収録、RCA国内盤
②1987年6月28日~30日録音、ヘンリー・ウッド・ホールにて収録、RCA国内盤
「第5番」は、ロンドン響盤、ロイヤル・フィル盤共に、いずれもどっしりと構えたベートーヴェン。ロンドン響盤は、重心のある演奏で、1楽章はロイヤル・フィル盤より1分半近く演奏時間も長い。数多くの名盤が並ぶだけに、プレヴィンとしては、巨匠的な芸風のベートーヴェン像を描きたかったのだろうか。一方のロイヤル・フィル盤は、名実共に巨匠の仲間入りを果たしたプレヴィンが、聴き所のツボを押さえたスマートな演奏を展開している。
年月による力量の差を最も感じたのが、「第7番」。ロンドン響盤は、1楽章冒頭のトゥッティで、トランペットが前につんのめりすぎているのが、まず気になってしまった。最初は、トランペットがオンマイク過ぎか?と思ったが、彼にとっては第7番の革新性を強調しようとした結果なのかもしれない。収録が2つの会場(キングズウェイ・ホールとアビーロード・スタジオ)にまたがっているのも不思議。多忙を極めていたシーズンのレコーディングなのだろうか。
後年のロイヤル・フィル盤では、そのような表現はなくなって、1楽章冒頭から呼吸がぐっと深くなり、スケール感を増している。4楽章も、ロンドン響盤は冒頭からブレーキがかかったようで、どことなく消化不良の印象を受けたが、ロイヤル・フィル盤はエネルギーを放出させながら、終結部に向けて徐々にパワーを漲らせてゆく手腕が実に巧みだ。当時はウィーン・フィルとも共演機会の多かったプレヴィンにとって、いよいよドイツ音楽に本領発揮の時期でもあったのだろう。元々、オケの美質を余すことなく発揮する事に長けたプレヴィンだが、ロイヤル・フィルから、シルキーなサウンド(まるでウィーン・フィルのような・・・)を引き出す事に成功している。なお、ロイヤル・フィルとは他に第4番・第6番・第8番・第9番もレコーディングしているが、第1~3番が未収録となり、結果的に交響曲全集に至らなかったのが悔やまれる。
また、新旧の音源に共通して感じるのは、プレヴィンはホルンの扱い方が実に巧いという点。いずれのオケも、ホルンセクションを要所要所でよく鳴らしており、自身のベートーヴェン像を明確に描き出そうという姿勢が窺える。
プレヴィンとロイヤル・フィルとの共演は、以前もラフマニノフや、ブラームス、ウォルトンのディスクをエントリーしているが、今回のベートーヴェンにおいても、ロイヤル・フィルとの相性の良さを改めて感じさせてくれた。