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 ここでワルターをささえたコロンビア交響楽団について・・・僕が知っている限りのことを述べてみたい。そもそもこのオケは米レコード会社、コロンビアが、当日のプロデューサー、ジョン・マックルーアの提唱により臨時に結成されたオケである。その当時、音楽界の第1線を退いていたワルターはロサンゼルス郊外で静かに暮らしていた(1950年代後半)。その頃、すでにワルターは80歳を越していたのである。
 
 マックルーアは、ちょうどスタートしたばかりのステレオ録音に、ワルターの音楽を後生の人々にも伝えたいと伝え、ワルターを説得しにいった。もう老年の身である、ワルターは、始め断ったに違いないと思う。しかし、マックルーアのただならぬ努力によって、ワルターもとうとう納得したのである。僕は、もしマックルーアの力がなかったら、ワルターとは出会っていなかったかもしれない。本当に助かったものである。
 
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 さて、録音活動が始まるわけだが、時期的には1957年ぐらいからだったと思う。僕もくわしいことはまだよく分からない。そしてオーケストラは、ワルターがこのパートにはどうしてもこの人を、という奏者を全米各地のオケから引き抜き、残りの中核はロサンゼルス・フィルが、母体となった。

 何枚かのCDをきいても分かることだが、このオケの特徴は、まず弦がなんといっても美しい。そこには、やはりワルターの訓練にもよるのだろう。そして、何よりもアメリカでつくられたオーケストラにもかかわらず、ヨーロッパ的な音がするのである。ワルターが戦前就任していたウィーン・フィルの音が耳に焼き付いているし、ワルター自身、ヨーロッパの血が流れていたからだろう。

 そしてもう一つの特徴は、低音がものすごく強いということである。これはワルターの音楽理念に基づくものに違いない。音楽をつくっていく基本となるのは低音から、という考えによるものだろう。僕はこの考え方が非常に好きだ(僕が小学生の頃、チューバをやっていたからか?)。どのワルターのCDをきいても低音が体に響くのである。この奏法は安定性があり、聴く者にとっても、非常に聴きやすい。まさにワルターがつくりあげた、理想のオーケストラが、このコロンビア交響楽団なのである。~第二部終わり~