
4月28日に知ったピアニスト和泉宏隆さんの突然の訃報。つい2週間程前の4月10日にライヴ配信で和泉さんの演奏を聴いていたばかりで、驚きを隠せなかった。62歳、まだまだこれからの活動と円熟味を増す演奏を楽しみにしていただけに、ショックはあまりにも大きかった…。
ここ数年、新たなムーブメントが起きていた。和泉宏隆ピアノ・ソロ大全集プロジェクト「コンプリート・ソロ・ピアノ・ワークス」のアルバム第1作が2019年10月にリリース。続く2020年1月の第2作のアルバムリリースをきっかけに、翌2月、自分にとっては約11年ぶりに横浜でライヴを聴くチャンスが訪れた。それが和泉さんと同じ空間に居合わせた最後の機会になろうとは…。
その2月のライヴ以降、コロナ禍に。世の中の様々な公演活動が制限される環境下、YouTube上に和泉さんの公式チャンネルが立ち上がったり、何度かオンラインライヴを通じて演奏に接することができたのは何よりだった。直近ではリアルでのライヴ活動が徐々に戻りつつある最中でもあった。また、第3作となるアルバムが昨年末の2020年12月に発売。全5作まであと2作を残すまでとなり、これからもっと和泉さんの音楽に浸ることができると心待ちにしていた、そんな矢先だった…。
これまでずっと、和泉さんのリリシズムに満ちた音楽に惹かれていた。彼が生み出すメロディアスで親しみやすさのある旋律の魅力はもちろんだが、その底辺には優しさや美しさ、そして儚さといった心の琴線に触れるハートフルなものが流れていた。一方でパッションを感じる作品も多く、日々の癒しと共に明日への活力を与えてくれていた。
作曲を行いながら演奏活動を行うコンポーザーピアニスト(キーボーディスト)はいるが、和泉さんはその枠を超えたアーティストだった。実際、和泉作品はT-スクェア時代のフュージョンにとどまらず、吹奏楽、ジャズ、ピアノ、エレクトーン等、様々な形態で今も多くの人達に愛奏されていることからも窺える。 「オーメンズ・オブ・ラブ」や「宝島」はその代表といえるだろう。
自分にとって和泉さんの存在の大きさを感じたのはピアノソロ活動時代に入った1997年頃。オリジナルはT-スクェア時代の作品であったものが、彼が弾くピアノを通じて聴くと、元々ピアノ作品であったかのような美しさと新鮮な輝きで蘇る。それは自分自身、ピアノ曲を弾いてみたいと思うようになった時期とも重なった。特にピアノソロによる「Forgotten Saga」の感動は大きく、社会人になってから練習を始めたこの曲は今でもお気に入りのレパートリーとして愛奏している。
2002年に発表された4部作に及ぶピアノ・ソロ・アルバムは和泉作品の魅力が詰まったバイブル的存在。そこには、和泉作品だけでなく、他のアーティストによるジャズ、フュージョン、クラシック作品も共存しており、名曲にはジャンルの垣根がないことを証明してみせてくれた。
初めてライヴに接したのは2004年5月7日の公演(目黒ブルースアレイ)。ピアノ・ソロからピアノ・トリオに活動の幅を拡げていた時期だった。彼が影響を受けた音楽を聴き始めたのもその辺りから。例えば北欧ジャズの第一人者、ラーシュ・ヤンソンや、スイスのジャズピアニスト、ティエリー・ラングなどなど…。アルバム発売記念のピアノソロライヴ(ヤマハ銀座店)や、PYRAMID(六本木STB)のライヴを聴いたのもこの時期で、2007年にはヤンソンの来日公演に足を運んだ事もあった。
2007年8月(六本木STB)、そして2008年12月に聴いたライヴ(モーションブルー横浜)を最後にしばらく生のライヴから遠ざかってしまったが、その後もリリースされたアルバムを通じて愛聴し、本ブログでも何度かエントリーしていた。
和泉さんが弾くピアノの魅力はこれまでライヴや映像を通じて感じていたが、厚みのある手や指とも関係があったかもしれない。彼の演奏姿は、鍵盤を包み込むような、という表現が適しているだろうか、鍵盤を押し込むというよりは、鍵盤に手をそっと乗せるだけでしっかりと芯のある音や、美しく温かみのあるハーモニーが鳴っているように聴こえていた。もちろん、それは日々の鍛錬があるからこそなせる技なのだろう。そして愛おしむようにピアノを弾く姿。ソロ、デュオ、トリオ、どんな形態であっても目の前のピアノから極上の和泉サウンドを引き出し、心を揺り動かす数々の名旋律を紡ぎ出す姿が常にあったように思う。
そんな姿が生ではもう見られない、と思うと喪失感は計り知れない。5月2日にYouTube公式チャンネル上でプレミア公開された映像(期間:5月5日迄)の前半部分は、偶然にも昨年2月の横浜ライヴだっただけに、当時の感動が蘇ってきた。そして映像の後半、和泉さんの音楽室で弾かれたForgotten Sagaの演奏姿を観た途端、涙がとめどなく溢れてきた。
しかしながら、和泉さんの演奏と音楽はこれまでも、そしてこれからも心の中に寄り添い、生き続ける。
人生の中で素晴らしい音楽に出会えたことに敬意と感謝の気持ちを表すと共に、和泉さんが生み出した数々の作品をこれからも愛聴し、愛奏することで、明日の活力へとつなげていきたい。
ありがとう、和泉宏隆さん。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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