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会社帰りにこの春より公開のドキュメント映画「ロストロポーヴィッチ 人生の祭典」(原題「Elegy of Life」)を観る(6月28日)。この映画が公開された直後、ロストロポーヴィチは亡くなっており(享年80歳)、文字通りエレジーな作品となった。渋谷の小さい映画館ながら明日が上映最終日という事もあってか、ヴァイオリンケースを提げた学生らしきお客もおり、そこそこの入りで賑わっていた。

ドキュメントはロストロポーヴィチ夫妻の金婚式を祝うモスクワでのパーティーのシーンから始まる。ロシア初代のエリツィン大統領の姿や各国の王室関係者で賑わっており、夫妻の交流の深さを感じさせる。余興ではロストロポーヴィチが妻のガリーナ・ヴィシネフスカヤの手を引いてピアソラの「リベルタンゴ」に合わせ踊るお茶目で微笑ましい一面も(^^)彼の気さくな人柄に人を引き付ける何かがあるように思った。

ロストロポーヴィチの生き様から色々と見えてくる物がある。父親がチェリスト、母親がピアニストという恵まれた音楽環境にあって、彼自身、4歳頃から天才ぶりを発揮していたという。
ショスタコーヴィチやプロコフィエフとの出会いと交流、1974年に反体制派のノーベル賞作家ソルジェニーツィンを擁護したために亡命し、共産主義が崩壊した17年後(1991年)の帰国。その間、亡命先のアメリカでは、チェリストとしてだけでなく、ワシントン・ナショナル交響楽団の指揮者として17年間、タクトを振り、一流のオケに育て上げたオーケストラ・ビルダーとしての手腕。世界各地へ演奏旅行に出かける日々・・・。

自分の中では、チェリストとしてよりも指揮者ロストロポーヴィチとしての接点が多い。特にショスタコーヴィチの作品においては良き解釈者であり表現者であったと思う。現にワシントン・ナショナル交響楽団とロンドン交響楽団を起用してTELDECレーベルに完成させたショスタコーヴィチの交響曲全集の中からいくつかのディスクを所有しているが、そのいずれもが、ロシア音楽に寄せる熱き情熱を感じさせてくれる。また、最近ではロンドン交響楽団の自主レーベル、LSOに交響曲第5番「革命」や第8番、11番をライヴ・レコーディングした事も記憶に新しい。

この映画の中で印象的だったのは妻ガリーナ・ヴィシネフスカヤの生き方。元オペラ歌手だった夫人は、引退後も後進の指導に精力的な活動を続けており、夫を影で支える存在というよりは、ロシア音楽の伝統を継承、発展させようという強い意志に、彼女のオペラにかける信念を感じさせられる。特にロシア・オペラについて彼女が語るインタビュー・シーンではロシアの歌手はイタリアの歌手より勝っているという自信をのぞかせる言葉も。

映画ではもちろん、ロストロポーヴィチの演奏シーンも。ポーランドの作曲家、ペンデレツキがロストロポーヴィチに捧げた新曲を小澤征爾指揮ウィーン・フィルと共に初演する姿を、リハーサル段階から追っており興味深い。ロストロポーヴィチと小澤の長年の信頼関係を感じさせると共に、現代音楽の表現者としての二人のレベルの高さにも脱帽させられてしまう。

この映画を通したメッセージは何だろう?政治に追われた芸術家、新天地で指揮者としての才能の開花、チェリスト・指揮者としての多忙な活動と音楽家としての成功。人道支援家としての一面、自国ロシア作曲家、ロシア音楽にかける熱い思い・・・。それはピアニスト、ヴラディミール・アシュケナージの人生にも重なる部分もあるように思えた。
約100分余りのドキュメンタリーを通じて、ロストロポーヴィチの生き様から、色々な事を考えさせられた。この映画が、自分の中のロストロポーヴィチへの追悼としたい。

映画館を出た時、ロシア音楽が少し身近になったような気がした。