後編として、チャイコフスキーの「1812年」のマイベスト盤を選出する過程で聴いてきた8枚のディスクを。前編を含め、計11枚の「1812年」のディスクを改めて聴いてみると、クライマックスで録音レベルの高い大砲の効果音が挿入される為、この効果音をいかにスピーカーでうまく再生させるかという意味で、オーディオ・チェックの一つにもなっており、レコード・メーカーとしては、一つのセールスポイントの場にもなっている。今回、聴き比べをしながら、大砲音以外にもブラスバンドや、パイプオルガン、はたまたシンセサイザー(!)までが加わっているディスクもあり、興味深い鑑賞となった。しかしながら、大切なのは、やはり指揮者とオーケストラが奏でる演奏そのもの。今回は8枚のディスクをオケによって「アメリカ」「カナダ」「イギリス」「ドイツ」と国別、また録音時代別に並べてみた。(ジャケット画像:左上より時計回り) 千秋が目指したかった「1812年」はどんな演奏だったのだろう?
【アメリカ】
○ズービン・メータ指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
(1969年8月録音、UCLAロイズ・ホール、DECCA海外盤)
「ロメオとジュリエット」でもエントリーしたメータ指揮(b.1936)によるもの。当時急上昇中のメータ&ロスフィルの黄金期のレコーディングの一つ。ここでのサプライズは、パイプオルガンの登場。ステレオ録音全盛期だけに、DECCAとしては、ハイファイ録音を何かでアピールしたかったのだろう。ロシア国歌が朗々と奏でられるクライマックス直前部の全奏で、パイプオルガンも演奏に加わっている。さすがに、今となっては、録音もやや色褪せてきているが、レア演奏の一つといえるだろう。
○ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
①RCA国内盤(合唱版)、1970年録音
②ソニー国内盤、1959年録音
①のRCA盤は、小学生の頃、自分の小遣いでカセットテープ盤を購入した懐かしい音源。当時、オーマンディ&フィラデルフィア管の演奏はお気に入りだった。今でもCD盤で鮮やかな音質で聴けるのが嬉しい。
冒頭の合唱にはテンプル大学合唱団を起用。男声の低域が効いており、ロシア風味が醸し出されている。クライマックスでは吹奏楽団が加わる演出も、オーマンディらしい狙いだ。
①の1959年盤では、合唱も吹奏楽団も加わっておらず(大砲も効果音でなく、バスドラ)、ノーマルな演奏だっただけに、再録音にあたり、オーマンディとしてもレコード会社としても、ひと工夫凝らせたかったに違いない。オーマンディ&フィラデルフィア・サウンドを代表する録音の一つといえるだろう。
○ゲオルグ・ショルティ指揮 シカゴ交響楽団
(1986年1月録音、オーケストラ・ホール、シカゴにて収録、DECCA海外盤)
ショルティ&シカゴ響の黄金期の一枚。シカゴ響の“ブラス軍団”の面目躍如たる演奏で、トランペットのアドルフ・ハーセスや、ホルンのデイル・クレヴェンジャーを筆頭とするブラス・セクションのサウンドが堪能できる。強奏時はストリングスもかき消してしまう程、ブラス・セクションの迫力に圧倒されてしまう。 全体的には早めのテンポで(ギブソン盤とほぼ同様)、ショルティの活きのある指揮が、シカゴ響を燃え立たせ、野性味溢れた演奏を聴かせてくれる。
○エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団
(1988年クリフ・テンプル・バプティスト・チャーチ、ダラスにて収録、PROARTE海外盤)
指揮は、「ロメオとジュリエット」でエントリーしたエドゥアルド・マータ(1942‐1995)によるもの。今回エントリーしたアルバムの中では、15分代が平均的な演奏時間の中で、最も早く約14分半と、最も早い。この速さは、マータのメキシコ出身としての中南米の血も騒ぐのだろうか、テンポの運びが実に軽快で、ダラス響の開放的な響きと相まって耳に心地よく、期待以上に良かった一枚。その分、チャイコフスキー特有の重々しさはない。
大砲は耳にズンズンと迫る効果音が挿入されており、優秀録音で名高いPROARTEだけに高レベルに捉えられている。スピーカーが壊れないよう、この部分の音量は控えめがいい(^^)
【カナダ】
○シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団
(1985年10月録音、St eustache、モントリオールにて収録、DECCA海外盤)
フランスものが得意だったデュトワ&モントリオール響のコンビがロシアものに挑戦した一枚。こちらのサプライズは、メータ&ロス・フィル盤でのパイプオルガンではなく、シンセサイザーが登場!デジタル期に入り、DECCAとしては、デジタル楽器の先進性もアピールしたかったのかもしれない。アコースティック楽器とデジタル楽器の絶妙なコラボレーションといいたい所だが、個人的な印象としては、ロシア臭が急減し、どことなく安っぽい演奏になってしまったのが残念。
【イギリス】
○パーヴォ・ベルグルント指揮 ロンドン・フィルハーモニ管弦楽団
(1998年2月録音、ワトフォード・コロッセウムにて収録、BMG海外盤)
直近の録音という事もあってか、たっぷりとした残響の中で、冒頭のビオラとチェロの旋律も美しく捉えられた優秀録音。フィンランド出身の指揮者のベルグルントはシベリウス等、北欧系の音楽で名高いが、地理的にも近いロシアの作品にも強みを発揮している。ギブソン盤で聴けたホルンのパンチあるサウンドはやや弱まったが、腰の据わったロンドン・フィルの重厚感ある響きは健在である事を窺わせる一枚。
【ドイツ】
○ホセ・セレブリエール指揮 バンベルク交響楽団
(2000年2月録音、コンツェルト・アンド・コングレスザール、バンベルクにて収録、BIS海外盤)
以前、「G線上のアリア」でエントリーしたウルグアイ出身の指揮者、セレブリエール(b.1938)によるもの。冒頭からボソボソと発するストリングスが独特で、どことなく田舎の匂いを感じさせるあたり、崇高さを漂わせるマゼール盤とは対照的。あまり緊張感のない演奏と思いきや、後半から盛り返し、クライマックスでようやくエンジンがかかった感じ。マータと同じ中南米出身の指揮者でありながら、表現の違いが対照的なのも興味深い。大砲は実射か?と思わせるリアルさで左右・中央と立体感を伴って迫ってくる。