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映画版「のだめカンタービレ~最終楽章 前編」で千秋がマルレ・オケを振って感動的な演奏を披露したチャイコフスキーの大序曲「1812年」。この曲はブラス・セクションが大活躍する曲でもあり、吹奏楽でトランペットを経験してきた自分にとって、少年時代から大好きな曲だった。それだけにマイベスト盤を探し求めてきたが、今回は現状、自分にとって最高の演奏と思えるこだわりのマイベスト盤を3枚、聴き比べしてみたい。いずれも順位は付けられない程、1・2位を争う名演を聴かせてくれる。(ジャケット画像:左上より時計回り)

○サー・アレクサンダー・ギブソン指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 (1988年録音、アッセンブリー・ホールにて収録、Collins海外盤)


今回の映画「のだめカンタービレ」の吹き替えを担当したロンドン・フィルによる演奏。指揮は以前、ウォルトン作品でエントリーしたスコットランド出身のサー・アレクサンダー・ギブソン (1926-1995)によるもの。全体的にメリハリのある演奏で、テンポの運び方も素晴らしい。特に惹かれたのはホルン・セクション。そのパンチを効かせた重厚なサウンドは、まるでワーグナーやブルックナーを聴いているかのよう。これは、当時、音楽監督を退いたばかりのクラウス・テンシュテットが求めていた響きに通ずるものがある。当時のロンドン・フィルは、ロンドンの5オケ(ロンドン響、ロンドン・フィル、ロイヤル・フィル、フィルハーモニア管、BBC響)の中では最も重量感のあるサウンドを聴かせるオケだったと思う。
ロンドン・フィルとギブソンとの録音はあまり残されていないが、実演での相性も良かったに違いない。ジャケットにギブソンの写真(画像下)が掲載されていたが、男性的な凛々しい顔立ちが、演奏にもそのまま表れていると感じた。シベリウスや、エルガーでも名盤を残しているだけに、70代を前に亡くなってしまったのが悔やまれる。

○ユーリ・アーロノヴィチ指揮  ロンドン交響楽団
 (1981年5月録音、セント・ペーターズ教会にて収録、ファンハウス国内盤)


指揮は以前、ピアニストのタマーシュ・ヴァシャーリのラフマニノフの名盤を取り上げたアーロノヴィチ(1932‐2002)によるもの。今回の3つのディスクの中では最もテンポが早く、且つ劇的な「1812年」を聴かせてくれる。冒頭からストリングスの畳みかけるような切り込み方も素晴らしい。ロシア出身のアーロノヴィチならではの情感が働いているのだろう。息をつかせぬ展開に、もしこういう演奏が、実演で聴けたら感動してしまうだろうと思う。機能性に長け、洗練されたサウンドのロンドン響からロシア的な響きを見事に引き出したアーロノヴィチの手腕に感服してしまう。

○ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 (1981年6月録音、ムジークフェラインザール、ウィーンにて収録、ソニー国内盤)


ギブソン盤やアーロノヴィチ盤の存在を知る前に、マイベスト盤だったもの。こちらは冒頭から合唱が加わる合唱付ヴァージョンで、合唱団には、ウィーン・フィルのお膝元、ウィーン国立歌劇場合唱団が共演している。、歌劇を日常の生業としているだけに、実にオペラティック。ギリシャ正教の古い聖歌が使用された冒頭の第一主題は、荘厳で崇高さに満ちている。特に気に入っているのはロシア国家が朗々と奏でられる終結部のクライマックスで、ここでの迫力は、まるでマーラーの「千人の交響曲」(?)と錯覚するかのような大伽藍。ウィーン・フィルのトランペット・セクションがフルパワー全開となるのもこのシーンの聴き所で、スリル満点。当時マゼール(b.1930)がウィーン国立歌劇場の総監督に就任(1982‐1986)する前年のレコーディングで、ウィーン・フィルとも絶妙な相性の良さをみせてくれる。ロシア臭はあまり感じられないものの、マゼールにこういうスペクタキュラーな曲を振らせたらピカ一だ。


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