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チャイコフスキーの後期交響曲は、自分にとっていずれも好きな曲ばかり。中でも「交響曲第5番」は中学生の頃、初めて実演に接して以来のお気に入りとなっている。
その実演は1987年、当時の地元、杉並公会堂で聴いた東京農大のオケによる定期演奏会だった。男女2名のトランペット奏者が顔を紅潮させながら朗々と吹き上げた4楽章の「運命の動機」のテーマに一気に引き込まれ、大学生ならではのフレッシュで熱い演奏に感動したのを憶えている。
今回は、現状でのマイベスト盤であるサー・ゲオルグ・ショルティ(1912-1997)とロンドン交響楽団の歴史的名盤と併せ、彼の音楽監督在任中(1969-1991)、黄金期を築き上げたシカゴ響との2種類セッション盤という、彼にとって馴染みのある2つの名門オケを聴き比べしてみたい。(ジャケット画像:左上より時計回り)

■シカゴ交響楽団盤
 ①1975年5月録音、メディナ・テンプル、シカゴにて収録、デッカ海外盤
 【演奏タイム】 ①14:11②14:04③5:47④13:09
 ②1987年録音、オーケストラ・ホール、シカゴにて収録、デッカ海外盤
 【演奏タイム】 ①14:00②13:36③5:41④11:38


①は1970年代に録音されたショルティ&シカゴ響との最初の第5番の録音。3種の中で最も演奏時間が長い。実に安定感があり、既に巨匠風を思わせる堂々とした演奏。興味深いのは年を重ねるに連れ、一般的にテンポ感も遅くなっていくが、ショルティの場合は②③と、むしろ早くなっていく点。歳を取るに連れ、益々エネルギッシュになっている。

一方の②は高校生の頃、当時の新譜として買い求めた一枚。シカゴ響は1980年代にもクラウディオ・アバドと交響曲全曲&主要な管弦楽曲をソニーとレコーディングして全集を完成させていたが、デジタル録音期に入り、再録音の機運が高まったのだろう、お膝元のデッカによって第4番と第5番がレコーディングされた。ここでも、シカゴ響らしいマッシブで、より完成度が高い演奏を聴かせてくれる。セッション録音という点もあるのだろう、ともするとシカゴ響のクールな一面を感じる向きもあるが、ショルティにとっては第5番の集大成とでもいえるもの。
2楽章のホルン・ソロはクレヴェンジャーの独壇上だし、アドルフ・ハーセスを始めとするブラス軍団の活躍ぶりも健在。デッカの優秀録音でシカゴ響を堪能するにも最適な一枚。

■ロンドン交響楽団盤
 ③1994年8月7日録音、ザルツブルク祝祭大劇場、Andante海外盤)
 【演奏タイム】 ①13:39②13:04③5:33④11:25


現状での第5番のマイベスト盤。「ロンドン響創立100周年記念セット(ザ・センテニアル・セット)」に収められた貴重なライヴ音源で、現在聴けるショルティの第5番としては最後の録音になるもの。
当時82歳、晩年のショルティがこんなにも熱い、ホットな指揮者だったのか、と改めて感じさせると共に、ロンドン響の実力が如何なく発揮された歴史的名演。ロケーションがザルツブルク音楽祭だった事とも関係がありそうだ。
ウィーン・フィルやベルリン・フィル等、世界の名立たるオケが出演するこのザルツブルク音楽祭に、巨匠ショルティに率いられたロンドン響。ロンドン響は過去、当時の桂冠指揮者だったカール・ベーム(1894-1981)とザルツブルク音楽祭への出演歴があるが、1960年代からショルティと共演歴があるロンドン響には、英国を代表するオケとしてのプライドもあったのだろう、ここで見せる熱演ぶりは尋常ではない。2種類のシカゴ響盤と比べ、どの楽章も早いテンポで切り込んでいる。4楽章は①と比べると2分近く早いスリリングな展開。指揮者とオケの燃焼度の高さは実に感動的だ。
特にトランペットセクションによって導かれる4楽章の「運命の動機」のテーマは勇壮そのもの。スコアは2名の指定なので、ここでは首席のモーリス・マーフィーとロド・フランクスと思われる。クライマックスを築き上げる終結部は、トランペットセクションがまさにオケ全体をリードし、難易度の高いハイトーンもノーミスで見事に決めている。ショルティの気迫はもちろんだが、ここはトランペットセクションにも拍手を送りたい。こんなライヴにもし巡り合わせていたら、きっと手に汗を握った事だろう。

この歴史的名演の3年後の1997年の9月5日、彼は死去した。その当時、自分はちょうどロンドンに語学研修&ホームステイ滞在期間中で、本来であればプロムスでショルティ&ロンドン響でヴェルディの大作「レクイエム」の公演に接するはずだった(当夜はサー・コリン・デイヴィスが代役)。
加齢を音楽に転化せず、晩年までエネルギッシュな音楽を聴かせてくれたショルティは、自分に妥協しない完璧主義者でもあったのだろう。生涯現役のマエストロだった。