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アンダーソンに続き、今年はメンデルスゾーン(1809-1847)も、生誕200年というアニバーサリーな年を迎えた。以前、本ブログでもホーネックによるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の名盤や、シャイー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管による交響曲第5番「宗教改革」のライヴをエントリーしたが、音楽雑誌やテレビでも、生誕200年にちなんだ特集が組まれ、盛り上げが図られていたようだ。中でも、女優の山口智子がナビゲーターを務めた12月24日放映のドキュメンタリー番組は印象的だった。その番組を通じて感じたのは、メンデルスゾーンの才能のマルチな一面。作曲家としてだけでなく、バッハの功績を紹介した研究家としての一面や、指揮者という職業の地位を確立した経営者としての手腕を発揮したのもメンデルスゾーンだった。中でも重要なのは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターの就任(1835年、当時26歳)というキャリアだろう。この名門オケと共に、作曲家・指揮者としての才能をより開花できたことは、メンデルスゾーンにとっても、オケにとっても幸せな事だったに違いない。
今回は、彼の代表曲の一つである「真夏の夜の夢」(「序曲」は1826年作曲、その他の付随音楽は1842に作曲)を。棚から一つかみした5つのディスクを、レコーディング順にエントリーしてみた。オケや奏者による個性が味わえる貴重なひとときとなった。(ジャケット画像:左上より時計回り)

○ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団
 (1964年録音、ドイツ・グラモフォン海外盤)


序曲を含み、全10曲収録。1960年代のベスト盤といえる演奏。4曲目に収録された「ナイチンゲールの子守歌」は、ワルター・ヴェラー盤と共に名演で、今回エントリーした5種類の中では、最も早いテンポ(3:14)で展開される中、ソプラノのエディト・マティス(b.1938)の美声が光る。アルトとの対比も鮮やかで心地よい。
「夜想曲」でのホルンは、ドイツらしい温もりのある響きに満ちているし、「結婚行進曲」では、トランペットセクションを中心に、当時のバイエルン放送響らしい南独の開放的な響きが聴ける。何より音楽そのものが推進力に富んでおり、当時のクーベリックとバイエルン放送響の躍進を感じさせる。録音もステレオ初期ながら、臨場感に溢れている。

○ジェームズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団
 (1984年6月録音、オーケストラ・ホール、シカゴ、ドイツ・グラモフォン国内盤)


他のアルバムよりも少ない、7曲収録のダイジェスト盤。全曲版でないのが惜しいが、1980年代のベスト盤といえるし、全体的な完成度も一、二を争う名演。オペラ指揮者としてもならしたレヴァイン(b.1943)の手腕が光る一枚。冒頭の「序曲」一曲だけをとっても、この劇音楽全体のストーリーが見渡せるイマジネーション豊かな演奏で、ドラマティックな仕上がりとなっている。
「ナイチンゲールの子守歌」では、ソプラノのジュディス・ブレーゲン(b.1941)、アルトのフローレンス・クイヴァー共に、安定した歌を披露。また、ここでは金管楽器の名手達のサウンドが堪能できるのが嬉しい。「夜想曲」では、いつもは豪快なデイル・クレヴェンジャーのホルンが、ここでは子守歌風の優しいソロを奏でているし、「結婚行進曲」では、アドルフ・ハーセスのストレートで芯のあるトランペットの響きが聴ける。そのトランペットが全体をリードし、ストリングスと相まって実に祝祭的な雰囲気に。レヴァインにとっては、1973~1993年までの期間、ラヴィニア音楽祭の音楽監督として活躍していた時期のレコーディングだが、この「真夏の夜の夢」は、音楽祭にふさわしい演目とだったに違いない。デジタル期ならではの解像度が高い録音で、優秀。

○アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 (1986年2月録音、ムジークフェライン、ウィーンにて収録、PHLIPS海外盤)


当時、相性の良さをみせていたプレヴィン(b.1929)とウィーン・フィルのコンビによる一枚。レコード評では評価の高かったように記憶している一枚だが、自分の中では、どこか物足りなさが残ってしまった演奏。聴き所の「ナイチンゲールの子守歌」や、「夜想曲」、「結婚行進曲」いずれも、他のディスクと比較して、その情景に応じた雰囲気に今一歩届いていない。よくいえば角のない中庸な演奏。プレヴィンはウィーン・フィルの美質を最大限に引き出していると思うのだが、もう少し音楽に推進力が欲しかった。

○ワルター・ヴェラー指揮 スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
 (1992年4月録音、シティ・ホール、グラスゴーにて収録、Collins海外盤)


序曲を含み、全11曲の収録。こちらは1990年代を代表するベスト盤といえるだけでなく、今回の5つのディスクを通した中でのマイベスト盤。まず惹かれたのは、「ナイチンゲールの子守歌」。クーベリック盤と同様、推進力あるテンポの中で、ソプラノのアリソン・ハグレイの声に魅了させられる。今回取り上げた5つのディスクの中では、唯一、児童合唱団を起用し、劇音楽に登場する森の妖精らしい柔らかな響きを引き出す事に成功している。
全体的に音楽が淀みなく流れ、この作品が持つスピリチュアルな雰囲気をうまく表出した演奏。ストリングスの柔らかい響きが、残響成分の豊かななシティ・ホールに包まれて心地よい。「結婚行進曲」では、このオケのカラーでもある筋肉質のあるトランペット・セクションが全体をリードしてくれる。
ヴェラー(b.1939)は、ほぼ同時期に、メンデルスゾーンの交響曲全集をフィルハーモニア管と組んでCHANDOSレーベルにレコーディングしていたが、この「真夏の夜の夢」は1991年にスコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席指揮者に就任したタイミングもあり、彼らと組んだ貴重なレコーディングとなっている。メンデルスゾーン自身、スコットランドへの旅が、後の交響曲第3番「スコットランド」の作品に結びついているだけに、縁の深い土地といえるだろう。このアルバムでは序曲が一曲併録(「ルイ・ブラス」序曲)されているのも嬉しい。

○小沢征爾指揮 ボストン交響楽団
 (1992年10月録音、シンフォニー・ホール、ボストン、ドイツ・グラモフォン国内盤)


国内では女優の吉永小百合がナレーター(台本:松本隆)を添えたことで話題になったアルバム。全曲盤という意味でも貴重な一枚。「ナイチンゲールの子守歌」ではキャスリーン・バトルのみずみずしいソプラノにまず惹かれるが、この曲に求めたい妖精のスピリチュアルな雰囲気には今一つ、といった所か。「結婚行進曲」では、全奏部は祝祭感に満ちているが、冒頭のトランペットのファンファーレはやや大人しく、高揚感を求めたい人にはやや物足りなく映る。ここは恐らく小沢(b.1935)の指示に従ったものなのだろう。ヴィブラートをやや多めにかけながら立体感のある音を奏でているトランペットは、おそらくジョン・ウィリアムズのサントラにも度々起用されている当時の首席奏者、ティモシー・モリソンに違いない。
所有するディスクの中での最新録音。1990年代から、ドイツ・グラモフォンでは4Dレコーディングと称するハイクオリティな録音システムを採用するようになったこともあり、奥行きのある立体的な音響に驚かされる。おそらくボストンもシンフォニーホールも生で聴いたらこういう響きではないだろうか、と思わせる臨場感だ。