映画「僕のピアノコンチェルト」の中で、主人公テオ・デオルギューが映画のフィナーレで繰り広げた見事なシューマンのピアノ協奏曲。ここ数日、出張で音楽の聴けない日々が続いていたが、頭の中で鳴り続けていたこの曲を改めて聴きたくなった。映画の中では主人公が当時12歳という年齢的な若さでの名演奏だったが、ここでは、アーティストの精神的な若々しさと情熱、そして映画でも感じた終楽章に向けての高揚感をポイントに、今宵は3人の女流ピアニストの演奏を聴き比べてみた。
○イングリッド・ヘブラー盤(画像:右)
エリアフ・インバル指揮
アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団
(1972年6月録音、コンセルトへボウ大ホールにて収録、DECCA輸入盤)
世界初CD化という貴重な音源。指揮がインバルというのも珍しい。
へブラー46歳の頃の録音。今回の3種類の中では最もオーソドックスな演奏だと思う。
1楽章のシンフォニックな響きは正に「交響的」という言葉が相応しい。
録音はさすがDECCAだけあって鮮明にとれているが、ピアノがオン・マイク気味でオケとはややアン・バランスか。
その為、肝心なコンセルトヘボウの自然な音場感が今一つ再現されていないように感じる。オケは好サポートな伴奏を繰り広げているだけに惜しい。
○アリシア・デ・ラローチャ盤(画像:下)
サー・コリン・デイヴィス指揮 ロンドン交響楽団
(1991年7月録音、EMIアビー・ロード・スタジオⅠにて収録、RCA輸入盤)
室内楽的な緻密さと繊細さを感じるシューマン。ラローチャ68歳の頃の録音。
音楽的な調和は取れ、バランスの取れた演奏。ただ、各フレーズの処理に重きが置かれているのか、一つの音楽としての連続性が薄く感じてしまうのが個人的にはやや物足りない。
そんなラローチャの音楽性に寄り添ってなのか、オケも大人しく感じる。あえて編成を落としているのだろうか?その結果、ダイナミックさに欠けるのが個人的には今一つだった。
○セタ・タニエル盤(画像:右)
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮 ロンドン交響楽団
(1990年1月録音、ヘンリー・ウッド・ホールにて録音、Collins輸入盤)
まるでライブを聴いているかのような自然な高揚熱。終楽章の盛り上がりは特に良い。タッチコントロールも巧いのだろう。ピアニッシモからフォルテッシモまでのダイナミクスの引き出し方にもたけているようだ。
彼女に関しての情報はあまり多くないが、ウィーン音楽大学の出身で、ブゾーニ・コンクールやエリザベート・コンクールで入賞している。ネットで調べると、1973年にベートーヴェン国際ピアノ・コンクール(ウィーン)で第2位(1位はアイルランド出身のジョン・オコーナー)、1974年にアルトゥール・ルービンシュタイン(イスラエル)で第3位(1位はアメリカのエマニュエル・アックス)の受賞経歴がある実力派。このディスクのカップリングにはグリーグのピアノ協奏曲が収められており、興味深い。
伴奏のデ・ブルゴス&ロンドン交響楽団も好サポート。同じロンドン響でありながら、ストリングスはラローチャ盤よりも厚みを感じる。
録音はマイク遠目だが、ピアノがオン・マイクになりすぎる事なく、自然な音場感。イギリスでは常連の録音会場であるヘンリー・ウッド・ホールの使用も影響しているのかもしれない。
3種を聴き終えてみて、今宵のマイベストはセタ・タニエル盤だった。