自分にとって手放せないブランデンブルク協奏曲第3番の音源がある。それはヴァイオリニストのラインハルト・ゲーベル(b.1952)が率いる古楽器団体のムジカ・アンティクヮ・ケルンが1986年にレコーディングした音源。きっかけは当時自分が中学生か高校生時代に図書館で借りたCDだったと思うが、その後、当時秋葉原にあった石丸電気のCDコーナーで2枚組の海外盤を購入した記憶があり、今でもこだクラ所蔵のディスクの中では重要な保存版の一つとなっている。
何より印象的なのは、数あるブランデンブルク協奏曲第3番の音源の中で世界最速といえるテンポの速さ。第3番の有名な3楽章はなんと3分51秒で駆け巡っている!通常5分程度の演奏時間の音源の多い中において、自分にとっては超人的且つ鮮烈な印象を与えた演奏だった。
そんなムジカ・アンティクヮ・ケルンの中での中心的人物がヴァイオリニストのラインハルト・ゲーベル。当時34歳だったが、30年後の64歳になって、今度は指揮者としてブランデンブルク協奏曲を振った音源が登場した。共演はベルリン・フィルが母体となり、1995年に設立されたベルリン・バロック・ゾリステン。このアルバムリリースを知った時、ゲーベルによる第3番の魅力にひかれた一人として是非聴いておきたいと思った。ここで2つの音源を聴き比べをした印象を綴っておきたい。
■旧音源(ケルン盤:ジャケット画像左)
ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクヮ・ケルン
(1986年6月録音、ケルンにて収録、アルヒーフ海外盤)
・1楽章:4分54秒
・3楽章:3分55秒
■新音源(ベルリン盤:ジャケット画像右)
ラインハルト・ゲーベル指揮 ベルリン・バロック・ゾリステン
(2016年7月・12月、イエス・キリスト教会、ベルリンにて収録、ソニー海外盤)
・1楽章:4分52秒
・3楽章:4分11秒
新音源のベルリン盤も、ゲーベルならではの息遣いが聴こえる素晴らしい演奏。ケルン盤は一楽章からチェンバロの音がストリングと共にエッジの効いた鮮明なサウンドが際立っているのに対し、ベルリン盤は全体的にぐっとまろやかなサウンドになっている。そこは何よりもまず古楽器とモダン楽器の違いが大きいだろう。気になる演奏時間は1楽章は新旧録音共に大した差はないが、3楽章は、旧録音が3分55秒、新録音は4分11分で、新録音の方が約15秒遅くなっていた。
その差はやはり古楽器とモダン楽器による違いに加え、ゲーベル自身、演奏者でなく指揮者としての解釈の変遷もあるのだろう。実際、ケルン盤の3楽章はゲーベルが冒頭からこれ以上ないと思われるようなスピード且つエッジの効いたソロで開始され、全奏でも完璧にそのテンポ感がキープされている。このテンポ感だけをとってみてもケルンのアンサンブル精度は相当に高いことがうかがわれる。
一方の新録音もモダン楽器では最も早いテンポの音源になるだろう。実際はゲーベルの求めるテンポには必死だったのかもしれないが、ベルリン・フィルを中心とした名手揃いのメンバーだけに、スマートに聴かせてくれる。
2つの音源を聴き比べた上で、改めて個人的な好みはどちらかといえば、ケルン盤。ブランデンブルク協奏曲第3番に革新と鮮烈なサウンドをもたらしたという点において、ゲーベル自身が演奏メンバーとして参加していた旧録音が勝っていたように思う。もちろん、どちらも持ち味の良さはあるわけで、ブランデンブルク協奏曲に新たな名盤が加わったことを歓迎したい。
ちなみに、旧録音のジャケットを眺めていて、新たな発見があった。ケルン盤でゲーベル自身が使用していた楽器はヤコブ・シュタイナー。ちょうど、前回エントリーしたイザベル・ファウストのヴァイオリン・ソナタ集で使用されていたのもヤコブ・シュタイナーだった。偶然の一致だが、バッハとヤコブ・シュタイナーの相性の良さをうかがわせた。
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