9月に入り、朝晩少しずつ涼しさを感じるようになってきた。今宵はここ最近聴いたピアノリサイタルから、近藤嘉宏氏と、アレクサンダー・コブリンのピアノリサイタルを。同じ浜離宮朝日ホールというロケーション、プログラムにベートーヴェンの「テンペスト」が含まれていることもあって、比較の意味でも楽しめた。芸術の秋も、もう間近。時間が許す限り、生演奏ならではの感動も味わってみたい。
○近藤嘉宏ピアノリサイタル(9月5日浜離宮朝日ホール)
1. ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」
2. ピアノ・ソナタ 第14番「月光」
3. ピアノ・ソナタ 第21番「ワルトシュタイン」
(休憩)
4. ピアノ・ソナタ 第17番「テンペスト」
5. ピアノ・ソナタ 第23番「熱情」
「ピアノ三大作曲家 名曲探訪の旅 Vol.2」と題された全3回シリーズの第2回目、この日はオール・ベートーヴェンで、5大ソナタを一夜で演奏してしまうという豪華なプログラム。いずれもベートーヴェンの代表作を聴けるのは嬉しかったが、前菜のないメインディッシュを食べ続けるようなもので、弾き手も、聴き手も集中力と体力(!)が試される一夜だった。故岩城宏之氏の大晦日の恒例イベントになったベートーヴェンの9大シンフォニーのマラソンコンサートに比べるとまだ楽な方かもしれない(^^;
「悲愴」ではまだ一曲目だったせいか、若干力みすぎるきらいもあったが、2曲目、3曲目と進むにつれ冷静さを保ちつつ、高い集中力で全5曲を乗り切った。まさに長距離マラソンを完走したような感じだった。
近藤氏の甘いマスクは女性に人気があるのだろう、会場はファンと思しき人達も多く見受けられ、満員御礼状態だった。
○アレクサンダー・コブリン ピアノリサイタル(9月16日浜離宮朝日ホール)
1. ハイドン:ソナタ ハ長調 Hob.16/21
2. ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番ニ短調op.31-2「テンペスト」
(休憩)
3. ラフマニノフ:「楽興の時」op.16
4. ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲op.42
'03年、浜松国際ピアノコンクール最高位(同率2位を分け合ったのが、のちのショパン・コンクールで優勝するラファウ・ブレハッチ、5位が鈴木弘尚氏だった)、05年にはヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝したコブリンのリサイタルを聴く。自分にとってコブリンの演奏を聴くのは今回で5回目。浜コンでの予選と本選、サントリーホールでのオケとの共演(パガニーニの主題による変奏曲を演奏)、'04年の第一生命ホールでのソロ・リサイタル以来となる。すでに4年が経っており、ここ最近の成長ぶりを聴くという点でも楽しみだった。
得意のラフマニノフをメインに、前半に古典派、ロマン派も取り入れたオーソドックスなプログラム。どことなくクールな印象を受けるステージマナーは、当時と変わっていない(^^) むしろ驚いたのは本番時のステージ照明が通常の半分以下の光量で、とても暗かったこと。
コブリンは脱力がうまいピアニスト、と思った。全く力みがなく、指先だけに荷重をかけて演奏をしているのが感じ取れる。見た目にも美しいし、演奏に余分なストレスがかからず、自分が表現したい音楽だけに没頭できているような感じがした。ピアニストにとっては理想的な演奏フォームなのだろう。
そんな脱力は1曲目から見事に活かされていた。ハイドンでは実に無理のない、自然体な演奏を展開。重みがない、といったら語弊があるかもしれないが、実にしなやかなハイドン。一方、「テンペスト」の3楽章では、ロシア的なヴィルトォーゾさも顔をのぞかせており、彼独自の解釈が楽しめた。
メインのラフマニノフはやはり彼の真骨頂!特に「楽興の時」は、曲自体の内容・技巧レベルも高かったが、まるでラフマニノフ自身が演奏しているかのごとく、彼のヴィルトォーゾぶりが見事に発揮されていた。自然体でありながらも、彼の内に秘めた熱い情熱を余すことなく表現。現在、アメリカに在住しているあたりも、どことなくラフマニノフと共通したものを感じる。
アンコールでは、ラフマニノフや、ショパンの「幻想即興曲」などが演奏された。何度となく聴いている幻想即興曲がこんなにも新鮮に聴けるとは!彼のピアニズムに、会場からはため息が漏れていた。まだ28歳ながら、一歩ずつ確実にステップを上がっているピアニストという印象を裏付けた。