フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのDNAは確かに受け継がれていた…そう思えたコンサートだった。
ロンドンの名門5大オケの一つ、フィルハーモニア管弦楽団の金管セクション「フィルハーモニア・ブラス・アンサンブル」が、来日公演中の合間を縫った唯一の公演を聴く(5月19日、第一生命ホール)。多忙なツアーの最中での彼らの心意気にまず感謝したい。
きっかけは公演数週間前に、雑誌「バンド・ジャーナル」で彼らの公演情報を知ったこと。それが「フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルへのオマージュ」という副題の付いたプログラミングであること知った時、高校時代からずっとフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの一ファンとなってかれこれ四半世紀以上、これはどうしても聴かなければ…と思った。
ロンドン五大オケといえば、これまでロンドン交響楽団やBBC交響楽団の二つのオケを生で聴いた経験はあったものの、フィルハーモニア管弦楽団は音源のみだったので、タイミングも良かった。フィルハーモニア管といえば、フィリップ・ジョーンズの出身オケであり、トランペットのジョン・ウォーレスやトロンボーンのレイモンド・プレムルなど、ロンドン響と同様、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル(以下、「PJBE」と表記)と縁の深い、名プレーヤーを輩出してきてオケだけに、どこかで一度は生演奏を、と思っていた。
当日のプログラムは以下の通り。
(第1部)
・バード:オックスフォード伯爵の行進曲
・ブル:パヴァーヌ
・ブル:王の狩のジーグ
・ガブリエリ:ピアノとフォルテのソナタ
・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
・ケッツァー:ブラス・シンフォニー
(第2部)
・デュカス:舞踏劇《ラ・ペリ》より“ファンファーレ”
・パーカー:組曲「ニューヨークのロンドンっ子」より
ハーレム街の響き
クライスラービル
セントラル・パーク
・ヘイゼル:3匹の猫
ブラック・サム/バーリッジ/ミスター・ジャムス
・ ヘイゼル:もう一匹の猫~クラーケン
・カンダー:ミュージカル「シカゴ」より
序曲/オール・ザット・ジャズ/ロキシー/ホエン・ユーアー・グッド・トゥ・ママ/ウィ・ボース・リーチド・フォア・ザ・ガン
これまで、金管五重奏のクインテット(ロンドン響ブラスクインテット、シカゴ響ブラスクインテット)は実演でも接していたものの、フィリップ・ジョーンズが築き上げた10人編成のブラスアンサンブルはブラス・サウンドの醍醐味を味わうには欠かせない編成形態。期待は予想以上のものだった。
メンバーは自分にとっては初めて知る名前ばかりだったが、ベテランと若手の年齢バランスもよく、英国ブラスの伝統が世代交代を経ながらも、脈々と受け継がれてゆくのを感じる。今回、個人的に注目したのは首席のジェイソン・エヴァンス。ロンドン響のフィリップ・コブと並ぶ若さ・力量だった。今後のブラス界を支える若きホープであることは間違いないだろう。
個々の力量はもちろんだが、何よりブラス・アンサンブルとしての完成度の高さに舌を巻く。同じオケのメンバーなので、まるでフィルハーモニア管でマーラーやブルックナー作品のサウンドを聴いているのような感じを覚えるひと時もあった。自在なダイナミクスと高度なテクニックを聴かせつつも、何より彼らが楽しんで演奏に興じている姿が垣間見れるのが、PJBEの精神と相通じるものを感じる。
今宵の大部分はPJBEが得意としてきたレパートリーばかりだが、個人的にはお気に入りの「ニューヨークのロンドンっ子」が聴けたのは嬉しかった。ただ、全5曲中、3曲の抜粋で、「ラジオ・シティ」がなかったのは残念。中学時代、祖堅方正ブラス・アンサンブルの公演でこの曲を初めて聴いた時の感動が蘇ってきた。また、フィリップ・ジョーンズの「アンコール集」アルバムにも収録されている、名プロデューサーのクリス・ヘイゼルによる「3匹の猫」はブラス・アンサンブル作品に留めておくにはもったいない程の名作で、今聴いても、とても新鮮。
トランペットのアリステアー・マッキーと通訳による解説付きで、PJBEの歴史や彼らのレパートリー、更にはジョーンズ未亡人の日本への思い出についても語られ、まさに彼らへのオマージュに相応しい内容だった。
アンコールは2曲を披露、日本の聴衆に意識して、一曲目は童謡「さくらさくら」、二曲目はフィルハーモニア管出身で、フィリップ・ジョーンズのメンバーでもあった、トロンボーン奏者のレイモンド・プレムルによる「ブルース・マーチ」が演奏され、聴衆からは惜しみない大喝采と共に締めくくられた。平日ということもあってか、満席ではなかったが、ブラス愛好家やブラバン世代にもっと多く聴いてほしいと思わせるコンサートだった。フィリップ・ジョーンズが築き上げた、金管楽器よる室内楽ともいうべき、ブラス・アンサンブルの輝かしいサウンドをこれからも聴衆に届けて欲しい、そんな貴重な公演となった。