ウィーンといえばウィンナワルツ、という事で、前回はウィーン・フィルのメンバーによるシュトラウスのウィンナ・ワルツ集を取り上げたが、今回は同じくウィーン・フィルのメンバーによるモーツァルト(1756-1791)の「ディヴェルティメントK.136」(1772年作)を。時にモーツァルト16歳の作品。
K.136といえば、小澤征爾(b.1935)氏の18番のレパートリーでもある事が思い浮かぶ。これは師匠だった齋藤秀雄(1902-1974)氏が学生オケを指導する際によく取り上げていたようで、小澤氏自身も、サイトウ・キネン・オケを始め、後進の指導にあたる時にこの曲を好んで振っているのをTVで見かけた事があった。
今回はモーツァルトの母国のウィーン・フィルのメンバーによる演奏というのが興味深い点で、このディヴェルティメントをどう料理してくれるかを、5名の奏者によるクインテット編成と10名近くからなる室内アンサンブル編成での聴き比べを堪能してみたい。(ジャケット画像:左上より時計回り)
【クインテット編成】
■ウィーン八重奏団員
(1961年録音、ゾフィエンザール、ウィーンにて収録、DECCA国内盤)
以前、モーツァルトの「クラリネット五重奏曲」でもエントリーしたウィーン八重奏団員によるもの。八重奏団員といっても、ここではカルテットにコントラバスを加えた五重奏で演奏されている。第一ヴァイオリンはアントン・フィーツが担当。オクテットメンバーの一人だったウィリアム・ボスコフスキーの後任のようだ。他の3つのディスクに比べると、フィーツの音がやや大人しく、流麗さには欠けるものの、ウィーンの伝統を感じさせる演奏となっている。
■ウィーン室内合奏団
(1969年2月録音、埼玉会館にて収録、Venus国内盤)
1969年のウィーン・フィルの来日時にレコーディングされた貴重な音源。第一ヴァイオリンはその後指揮者に転向した事でも有名なワルター・ヴェラー(b.1939)。来日の合間を塗ってという事もあったのだろう、取り直しのきかない一発録りによるレコーディングだが、その分、勢いがあって即興性に溢れた演奏。ヴェラーのヴァイオリンも歌心に満ちており、1970年代前後のウィーン・フィルの雰囲気を今に伝えてくれる。ちなみにその後、ヴェラーの退団に伴い、ウィーン室内合奏団の第一ヴァイオリンに就任したのが、ゲルハルト・ヘッツェル(1940-1992)だった。なお、録音は名エンジニアの若林俊介氏が担当している。レコーディング時のジャケットが貴重だ。
【室内アンサンブル編成】
■ウィーン・モーツァルト合奏団
(1978年録音、ゾフィエンザール、ウィーンにて収録、DECCA海外盤)
マイベスト盤。第一ヴァイオリンが実によく歌い、且つ全体をリードしているのは、やはりヴィリー・ボスコフスキーが率いる合奏団のカラーというべきか。第一楽章の冒頭から、そよ風が舞い込むような、音がふわっと前に飛んでくる感覚があり、春風を運んでくれるようなサウンドが実に心地よい。室内アンサンブル編成になっている事も、安定感やパワーの面で効を奏しているように思う。自分にとってウィーン・フィルの原点となるサウンドが彼らの演奏から聴き取れるような気がする。これぞウィーン流、と呼びたくなる名演。
■ウィーン弦楽ゾリステン
(1994年11月録音、大泉文化村ホールにて収録、FONTEC国内盤)
以前、エントリーしているディスクなので、詳細は譲りたいが、小気味良いテンポと精度の高いアンサンブルで、ヴィリー・ボスコフスキー亡き後のウィーン流を継承しているといえる演奏。第一ヴァイオリンは、現役コンサート・マスターのライナー・ホーネック(b.1961)が担当しており、現在のウィーン・フィルのストリングスセクションに近いサウンドが味わえる。低弦から音がしっかりと積み上がったピラミッド状のサウンドも申し分ないのだが、聴き比べの上ではボスコフスキー盤が一段上と感じたのもまた事実。個人的にはディヴェルティメントならでは愉悦感をもう少し求めたかった。