吹奏楽レパートリーでよく演奏されるクラシック曲の一つにショスタコーヴィチの「祝典序曲」がある。自分も一度高校時代のOB吹奏楽団で演奏する機会に触れた事がある懐かしの曲(残念ながら仕事の都合で最終的には本番に参加できなかった)。
ショスタコーヴィッチの管弦楽曲の中では、タイトル通りその祝祭的な内容からも人気の高い作品だ。事実、昨年'06年のBBCの「ザ・ラスト・ナイト・オブ・ザ・プロムス」では、彼の生誕100周年の祝祭も兼ね、「祝典序曲」がオープニングを飾った(指揮:マーク・エルダー)。ロンドンっ子が演奏に熱狂していたのを衛星放送を通じて見たのが記憶に新しい。
冒頭のファンファーレがまずその曲全体の印象を左右するといっても過言ではない曲。またリズム感が要求される曲でもある。グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲のように指揮者にとってもオーケストラ・ドライブの手腕が試されるテクニカル・ピースといえるだろう。
棚からひとつかみ、自分のマイベスト盤を取り上げたい。
①ネーメ・ヤルヴィ&スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(画像左)
('87年4月録音、ヘンリー・ウッド・ホール、グラスゴーにて収録、CHANDOS輸入盤)
マイベスト盤の中でも自分にとってのスタンダードとなっている演奏。特に最後のトランペットによるバンダの別部隊のサウンドは圧巻。コーダの迫力はピカ一といえるだろう。
いつもながらにスコティッシュ・ナショナル管弦楽団は巧い。
この頃、ヤルヴィによるショスタコーヴィッチ交響曲全集が進行していた時期でもあり、アルバムには交響曲と共に、管弦楽曲もカップリングとして収録されているのが嬉しい。
エンジニアは創業者一族のラルフ・カズンズ、フィリップ・カズンズの名コンビによるもので、録音は今回3つの中で最も秀逸。
②ロジェストヴェンスキー&ロンドン交響楽団(画像右)
('85年7月8日録音、バービカンホールにて収録、BBC LEGENDS輸入盤)
つい最近発売された英国BBC LEGENDSによるライブもの。
名奏者揃いのロンドン響ブラスセクションを堪能できる一枚。細かいキズはあるものの、パワーが炸裂した彼らの演奏が聴けるのはライブならでは。
おそらくこちらも上記プロムス同様、オープニングでの演奏なのだろう、演奏直後の熱狂的な喝采がそれを物語っている。
ロジェストヴェンスキーは以前BBC交響楽団と共演した「くるみ割り人形」でもエントリーしたが、つくづくライブに強いタイプの指揮者だ。当時ロジェストヴェンスキーは54歳。指揮者としても最も油の乗った時期だったのだろう。
バービカン・ホールならではの残響のデッドさは致し方ないが、デジタル録音期の'85年のライブ放送収録ながら、音圧の弱い録音になってしまっているのが残念。但し他にフィルハーモニア管との交響曲第4番のライブ録音も収録される等、ドキュメント性の価値は高いだけに、貴重な一枚だ。
①②はいずれも英国のオケによる演奏。
交響曲全集では上記のネーメ・ヤルヴィ&SNOやベルナルト・ハイティンク、ロストロポーヴィッチらが、ロンドン・フィルやロンドン響を一部起用し、名盤を残しているし、以前、ブログでも取り上げたショスタコーヴィッチの長男、マキシム・ショスタコーヴィッチもロンドン響とのセッション録音を何枚も残している。
ロシア作品や当時の西側のアーティストと英国オケとの関係は演奏や録音面といった環境下において好条件だったという要素もあるのだろう。
実際、'07年よりロンドン響の新たなシェフに就任したワレリー・ゲルギエフもロシア出身。相性の良さを伺わせる。
最後に、自分にとっての原点である吹奏楽版の名盤も取り上げたい。
③浅田亨&浜松交響吹奏楽団(画像下)
('03年11月アクトシティ浜松中ホールにて収録、CAFUA国内盤)
ここでは一般的に吹奏楽版として知られる、ドナルド・ハンスバーガー(1965~2002年までアメリカの名門吹奏楽団、イーストマン・ウィンドアンサンブルの指揮者を務める)による編曲ではなく、当団の専属編曲家である遠藤幸夫氏によるもの。社会人のアマチュアバンドとは思えない、素晴らしい演奏を繰り広げている。
中間部はストリングスではなく、木管の高度なテクニックが要されるが、実にソリスティックにこなし、難所も難なく切り抜けている。一度だけ実演に接した事があるが、母体は吹奏楽コンクールの常連でもある浜松工業高校のOB・OGによる団体だけあって、レベルは高い。録音は最新のデジタル機材が投入されている事もあってか、実に高品位。
なお、この「祝典序曲」が作曲されたのは1954年でドナルド・ハンスバーガーによる吹奏楽編曲版が生まれたのは1964年。10年後にこの吹奏楽による編曲が生まれた経緯からしても、管弦楽曲の吹奏楽曲への編曲という、吹奏楽の普及に尽くしたハンスバーガーの功績を伺わせる。
またこの曲の普及によって、当時存命していたショスタコーヴィチの名前や作品理解のアップのきっかけにもなったといえるだろう。事実、ショスタコーヴィッチの交響曲第5番(主に4楽章)は吹奏楽レパートリーでも愛奏されている。