今年、オーボエ奏者を引退し指揮者・音楽プロデューサーとして新たな音楽活動をスタートした宮本文昭氏の最新著作、「疾風怒濤のクラシック案内」(アスキー新書)が面白い。こういう類のクラシック本は、音楽評論家による著作がほとんどで、音楽史を説いたり名盤を紹介するガイドブック的な内容になりがちだが、本作は、元オーボエ奏者として活躍した演奏家としての視点から、作曲家・曲別に様々なエピソードを交えている所がとても興味深い。
宮本氏といえばフランクフルト放送交響楽団、ケルン放送交響楽団とドイツの名立たるオーケストラでキャリアをスタートし、日本に帰国後も母校の桐朋学園や小沢征爾氏とのつながりでサイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管弦楽団等の数々のオケで首席オーボエ奏者を歴任してきた。そんな国内外でのオケでのエピソード、とりわけ指揮者との共演エピソードの中にあっと驚くものがあった。
シューベルトの交響曲第5番。以前、5月20日のブログでエントリーしたのがギュンター・ヴァント指揮ケルン放送交響楽団のディスクだった。このブログの中でオーボエ奏者は宮本文昭氏である事を予想していたのだが、それがこの著書を読んで見事的中!したのだ。
それは著書120ページの「ギュンター・ヴァントのしごき」という項目にその記述があった。当時ケルン放送交響楽団に入団一年目の宮本文昭氏。巨匠ギュンター・ヴァントとこのシューベルトのレコーディングの中で、緊張した経験を綴っている。宮本氏の著書の中からその言葉を引用してみたい。
(以下、引用)
『指揮者のギュンター・ヴァント氏は、見慣れない新入りの僕を見て、不安を露わにしました。録音スタジオのガラス窓の向こうから、僕のほうを指さして、しきりになにか言っている。たぶん、「あれは誰だ?」「アイツで大丈夫なのか?」というようなことを聞いていたのでしょう。』
『・・・とかく指揮者というのは、自分が知っている奏者じゃないと心配になるようです。ヴァント氏も、かなりその傾向が強かったようで、僕はエラく緊張してしまいました。ことあるごとに止められて、「ミヤモトさん、こうやってください」と注文を出されるのです。・・・』
改めてこのディスクを取り出して聴き直してみた。木管が活躍する2楽章、確かにオーボエのソロシーンも多いが、他の木管楽器、弦楽器とのバランスとハーモニーは絶妙だ。この裏で宮本氏の苦労が演奏家ならでは視点で綴られているのを読むと、改めてこのディスクが身近に、人間味ある演奏に感じられ、愛おしく思えてきた。シューベルト青春時代のこの曲は、宮本氏にとっても演奏家としての青春時代の貴重な経験であったに違いない。レコーディング当時、宮本氏は33歳。うっ、自分と同年代・・・(^^)
今回の著作を通じ、自分の予想が的中した事は嬉しい驚きだった。オーケストラは様々なキャリアと情熱を持った人間の集団でもある。音楽評論家の評論にも素晴らしいと思う記述は多いが、ある一演奏家を通じて、演奏にかける思いや、作曲家への思いを知る事は実践的だし、とても勉強になると思った。
理論だけでなく実践も大切。演奏家への見識も深めることで音楽の楽しみの幅を広げていきたい。宮本氏の著作は今回とてもいいきっかけを与えてくれた。