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毎年5月4日は「スター・ウォーズの日」だという。その日に、ファン待望のニューアルバムが全世界同一リリースされた。『A LIFE IN MUSIC』と題されたアルバムには、映画音楽の巨匠で御年86歳(b.1932)になるジョン・ウィリアムズの人気曲が収録。彼がこれまで映画に関わった作品数は数知れないが、その中で厳選された10曲が収録されている。
本アルバムの最大のポイントは、パフォーマーがロンドン交響楽団であること。過去、ジョン・ウィリアムズ作品のアルバムといえばボストン・ポップスとシンシナティ・ポップスの米国二大ポップスオケがその先鋒だった。特に、ボストン・ポップスはジョン・ウィリアムズが1980-1993年まで常任指揮者を務めていたこともあり、ジョン・ウィリアムズ作品=ボストン・ポップスの代名詞が付く位、自分自身も耳に馴染んできた。しかしながら、ジョン・ウィリアムズサウンドの元祖はロンドン響。1980年前後に公開された「スター・ウォーズ」(1977年公開)、「スーパーマン」(1978年公開)、「レイダース/失われたアーク」(1981年公開)の三作品において、サントラ制作に参画したことが、何よりロンドン響の名前を一躍有名にしたのだった。これら映画の空前のヒットの背景にロンドン響のサウンドがあったことは、映画史に残る偉業といえるだろう。今回のアルバムブックレットには、オケの代表メンバーのジョン・ウィリアムズへの回想録や共演の思い出(画像右側)も記されており、彼らのジョン・ウィリアムズに対する多大なる敬意を感じる。収録曲は以下の通り。

①「スター・ウォーズ」~メイン・タイトル
②「ジュラシック・パーク」~テーマ
③「ハリー・ポッターと賢者の石」~ヘドウィグのテーマ
④「レイダース/失われたアーク」~レイダース・マーチ
⑤「E.T」~フライング・テーマ
⑥「シンドラーのリスト」~テーマ
⑦「フック」~ネバーランドへの飛行
⑧「プライベート・ライアン」~戦没者への讃歌
⑨「ジョーズ」~テーマ
⑩「スーパーマン」~スーパーマン・マーチ

ギャビン・グリーナウェイ指揮 ロンドン交響楽団
(2017年録音、リンドハースト・スタジオにて収録、DECCA海外盤)


演奏はいつもながらにレベルが高い。どの曲もそつなくこなし、「シンドラーのリスト」ではチェロ&オーケストラ(原曲はヴァイオリン&オーケストラ)による新アレンジも収録されている。また、ファンの1人としては、過去のロンドン響の音源とも聴き比べができるようになったことも嬉しい。個人的に感じたのはジョン・ウィリアムズサウンドの肝となるトランペットが時代と共に確実に変わってきた点。以前本ブログでもエントリーした以下のディスクと聴き比べをした上で改めて感じた点を綴っておきたい。(カッコ内は本ディスクとの同一収録曲。)

<モーリス・マーフィー(初代)plays「スター・ウォーズ」「レイダース/失われたアーク」「スーパーマン」>
 ■①ディスク世界遺産~「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」「スーパーマン」を奏でたトランペッター
<モーリス・マーフィー(初代)plays「スター・ウォーズ」「スーパーマン」>
 ■②真夏の星空に・・・おまけ~ロンドン交響楽団によるスペース・ムービー・テーマ集
<モーリス・マーフィー&ロッド・フランクス(第二世代)plays「スター・ウォーズ」「E.T」「ジョーズ」)
 ■③祝!ジョン・ウィリアムズ生誕80年~ボストン・ポップス&シンシナティ・ポップスによるスピルバーグ作品
<ボストン・ポップスによる「ジュラシック・パーク」「フック」「E.T」「シンドラーのリスト>
 ■④ロンドン響による映画・TVサントラ選④~ジョン・ウィリアムズによるアカデミー賞作品集

今思えば、誰もが知っている「スター・ウォーズ」、「スーパーマン」、「レイダース」での有名な主旋律を高らかに奏でていたは何よりモーリス・マーフィー(1935-2010)のトランペットの音だった。一言でいうと彼の音には存在感があった。これらオリジナルサントラがリリースされたのは1980年代前後。そんなモーリス・マーフィー率いたトランペットセクションの時代を初代とすると、第二世代はそのモーリス・マーフィーと共にロッド・フランクス(1956-2014)が活躍した1990年代。「スター・ウォーズ」でいえばエピソード1、そして、「ハリー・ポッター」がこれにあたる。そして彼らの後を受け継いだのが2009年から首席を務めるフィリップ・コブ(b.1988)率いる第三世代といえるだろう。
それゆえ、今回のアルバムではトランペットセクションの音が変わったのも当然。自分も過去にフィリップ・コブの実演に接しているが、天性の才能を持っていると感じたプレーヤー。技術レベルはモーリス・マーフィー&ロド・フランクスに劣らず高いものの、ジョン・ウィリアムズ作品というとやはり初代のモーリス・マーフィーの印象がとても強いだけに、どうしても、モーリス・マーフィー時代の音と比較してしまうのは仕方がないことだろう。
例えば、「レイダース/失われたアーク」と「スーパーマン」。冒険ロマン、正義、勇敢さといった要素は本アルバムでも表現されているが、それらに加えて聴き手をワクワクさせてくれたのは、自分にとってはモーリス・マーフィーの音だった。今風にいうと、“キレッキレ”とでもいうべきか、多少荒削り的に感じられるところもあるが、そのアグレッシブ且つ輝かしい音は映画を高揚させる力に満ちていた。ジョン・ウィリアムズもまるで彼の力量を見抜いて作曲をしていたかのよう。
その点、フィリップ・コブ率いる第3世代は、モーリス・マーフィーほどの音の存在感は感じられない。その例が「スター・ウォーズ」。あの有名な跳躍の旋律もバランスよく吹きこなしているが、オクターブの跳躍でアタックを強めて演奏した初代の音の方がやはり好み。また、今回の音源で違和感を感じたのが終結部。エンディングでの全奏で、フィリップ・コブが通常より一オクターブを上げてハイトーンで吹いているが、テクニックを誇示するようなパフォーマンスはこの作品においては不要と感じた次第。その点でモーリス・マーフィー時代の音が残された①②の音源は貴重だ。
「プライベート・ライアン」(1998年公開)のような内省的な作品もジョン・ウィリアムズ作品の真骨頂。それだけに今回の新音源に期待を寄せていた。ここでトランペットに求められるのはしなやかさと柔らかさ。ブラスバンド出身のフィリップ・コブにとっては得意分野だと思ったが、やや力み過ぎた感が残ったのは否めず、ここもサントラで起用されたボストン響に軍配があがるように感じた。

とはいえ、どちらの演奏が良い悪いという評価ではない。ジョン・ウィリアムズがロンドン響と共に、長年に渡り映画音楽をリードしてきたことは誇るべきことだし、その実力は今でも健在であることを今回のアルバムは証明してくれた。ジョン・ウィリアムズが生んだ不朽の名作の数々を「スター・ウォーズ」が公開されて40年が過ぎた今、ロンドン響が現代のファンに届けてくれたのは何より嬉しい贈り物といえるだろう。
ちなみに指揮を務めたのはギャビン・グリーナウェイ(b.1964)。以前、本ブログで「機動戦士ガンダム」をエントリーした際に、指揮を務めた人物だ。YouTube上にレコーディング風景が収まったプロモ動画が紹介されているのも映画の予告編のようで興味深い。願わくばジョン・ウィリアムズ本人による指揮で聴きたかったところだが、さすがに86歳の現在となっては体力的にも困難だったのだろう。(その意味で1996年に録音した上記のロンドン響とのアカデミー賞作品集のアルバムの存在も貴重だ)

本アルバムがジョン・ウィリアムズ作品のベストアルバムの一つになることは間違いない。映画音楽の世界でもメジャーな存在となったロンドン響には、魅惑のオケサウンド、しいてはクラシック音楽の醍醐味を今後も担い手として今後も伝えてほしいと思った。

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