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巨匠、クルト・ザンデルリングが9月に98歳で亡くなった。ザンデルリングといえば、近年では息子達のトーマス(b.1942)やステファン(b.1964)の方が知名度があるかもしれないが、旧東ドイツ時代から、指揮界で大きな影響を持っていた数少ない巨匠の一人だった。自分にとって印象に残っているのは、ザンデルリングならではのテンポ感。一聴すると、実にスローなのだが、不思議と時間的な感覚を超え、体に馴染んでくる名演が多かった。

例えば、フィルハーモニア管弦楽団とのラフマニノフの交響曲第2番(ジャケット画像:左上、1989年4月 セント・バーナバス教会にて収録、TELDEC海外盤)の有名な第3楽章の、何とゆったりとした歌い回しだろうか。また、バイエルン放送交響楽団と共演したブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(ジャケット画像:右上、1994年録音、Profil海外盤)では、オーストリアの森の奥深い呼吸が感じ取れるようで、この曲のマイベスト盤がまた一つ増えたと感じたものだ。
一方、1960~1977年まで首席指揮者を務め、その後も客演する機会の多かったベルリン交響楽団とのブラームス交響曲全集(ジャケット画像:右下、1990年録音、イエス・キリスト教会、ベルリンにて収録、CAPRICCIO海外盤)は、オケの瑞々しさと巨匠の枯れた味わい、そして優秀な録音が絶妙にマッチしており、特に第4番は同曲のマイベスト盤の一つとなっている。

今回、追悼にあたり、もうひとつ忘れられない愛聴盤がある。それは、90歳を迎え、ザンデルリング自らの指揮活動の最後を飾ったベルリン響とのフェアウェルコンサートを収めたライヴ録音(ジャケット画像:左下、2002年5月19日録音、シャウシュピールハウスにて収録、ハルモニア・ムンディ海外盤)。ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番、シューマンの交響曲第4番という選曲で、モーツァルトでは、ザンデルリングを敬愛してやまない内田光子が共演している。
フェアウェルという名に相応しい、一世一代の貴重なドキュメントというべきだろう。特に、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲は、以前、本ブログでもエントリーしたが、ザンデルリングのテンポ感がこの曲に見事にマッチしており、各々の変奏が、ザンデルリング自身の生涯を自ら振り返っているかのようで、彼の生き様が見事に曲に体現されているように感じた。ベルリン響との40年以上の信頼関係があったからこそ、なせたコンサートでもあったのだろう。

残念ながらザンデルリングの実演に接する機会はなかったが、彼の指揮振りは、息子達にも受け継がれている事だろう。98歳といえば、一昨年亡くなった自分の祖父と同年齢だった。このフェアウェル盤を、個人的な追悼盤としたい。