リリースが待ち遠しかったDVDの貴重な映像をようやく鑑賞できた。セルジウ・チェリビダッケ&ロンドン交響楽団のNHKホールにおける1980年4月18日の来日公演。NHKの膨大なクラシック・アーカイブからの放送映像で、朝比奈隆&シカゴ交響楽団'96年アメリカ公演DVDと同じレーベルだ。
実はチェリビダッケの指揮姿以上に見たい映像があったのが購入のきっかけだった。
それはトランペットのモーリス・マーフィー、トロンボーンのデニス・ウィック、チューバのジョン・フレッチャーの演奏姿。当時のロンドン響を代表する名奏者というだけでなく、今や伝説ともいえるブラス・アンサンブル、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル(PJBE)と縁の深いプレーヤーとしても有名。特にチューバのジョン・フレッチャーはPJBEの発足当時からのメンバーしていたが、'87年のPJBEの解散後、程なくして急逝してしまったのが悔やまれる。そのフレッチャーやモーリス・マーフィーに関しては、「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」のサントラでも名ソロを聴かせており、映画ファンからも人気が高い。
来日公演での本DVDにおける収録曲は以下の通り。
・ドビュッシー:『映像』第3集~第2曲『イベリア』
・ムソルグスキー/ラヴェル編曲:組曲『展覧会の絵』
~アンコール~
・プロコフィエフ:『ロメオとジュリエット』組曲第1番~『タイボルトの死』
・ドヴォルザーク:スラヴ舞曲 op.46から第8曲
自分にとっての見所は何と言っても各奏者のヴィルトォーゾぶりが発揮される「展覧会の絵」。この曲は翌年'81年にアバドと録音した名盤や、以前エントリーしたユージン・オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団の映像もあり、比較の意味でも興味深い。チェリビダッケ特有の遅いテンポは、奏者には深いブレスとロングトーンが要求され、通常以上のエネルギーを強いられる曲だったに違いない。だいぶ以前、ミュンヘン・フィルを指揮する映像を見た事もあったが、それ以来だ。
冒頭の「プロムナード」の遅いテンポからして、もうチェリビダッケの世界。モーリス・マーフィーのソロが一音だけ音を外したのが惜しいが、コルネット的な柔らかい音色でアバド盤同様に魅了してくれる。そういえば、マーフィーの出発点はブラック・ダイク・バンドのコルネット奏者だった。
「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」では難易度の高いソミュート・トランペットでのソロ技巧を要求されるが、ここは完璧な吹きっぷり。
一方、「カタコンブ」ではデニス・ウィックとジョン・フレッチャーのトロンボーン&チューバの重厚なオルガントーンのソリが聴けるのも嬉しい。「バーバ・ヤーガの小屋」からは金管楽器の響宴ともいうべき展開。「キエフの大門」でのモーリス・マーフィーの朗々としたハイトーンはアバド盤の感動を蘇らせてくれる(画像下の上:トランペットセクション左から2人目がマーフィー)。チェリビダッケのテンポに絶えうるブレスを維持できるマーフィーのブレスコントロールにもまさに脱帽だ。
演奏終了後の割れんばかりの拍手の中、チェリビダッケはモーリス・マーフィを立たせ、花束の一輪をマーフィーに手渡す微笑ましい光景も(^^)(画像下の下) このシーン、バレンボイム&シカゴ交響楽団のマーラーの交響曲第5番のDVDで終演後にトランペット首席のアドルフ・ハーセスに一輪を手渡す光景とかぶってしまった。まさに東の横綱(アドルフ・ハーセス)に対しての西の横綱(モーリス・マーフィー)と呼ぶにふさわしい。
DVDの特典インタビューでは、チェリビダッケ本人がソリストに恵まれたオケと語っていたのが印象的だった。
この時期のロンドン響のメンバーを見渡すとほとんど男性で女性は数名しかいないのがある意味時代を感じさせる。
当時のチェリビダッケは68歳。テンポが遅いとはいえ、晩年の来日公演で放映されたブルックナーの指揮姿と比べると、まだまだ若々しさが感じられる。オールバックヘアも健在(^^)アンコールのドボルザークの冒頭で腰をくねらせて指揮をするノリノリな姿は、バーンスタインもびっくり(?)だ。