年末にN響アワーで、2009年より首席客演指揮者を務めるアンドレ・プレヴィン(b.1929)の弾き振りを観た。はや80歳を超えた巨匠の演目は、ガーシュウィンの「ピアノ協奏曲へ調」。ジャズも得意とするプレヴィンならではのプログラミングだった。ピアニストのプレヴィンとしてのガーシュウィンのピアノ協奏曲には、1960年代、1970年代、1980年代と10年毎に3種類のレコーディングが存在するが、いずれも名盤。N響アワーを観終えた時、急にこれらのアルバムを聴きたくなり、改めて時代順にじっくりと味わってみた。プレヴィン&N響は今年3月の北米公演を発表しており、彼らのツアー成功も祈りたい。(ジャケット画像:左上より時計回り)
■アンドレ・コステラネッツ指揮 ヒズ・オーケストラ、アンドレ・プレヴィン(ピアノ)
(1960年3月収録、リージュン・ホール、ハリウッドにて収録、ソニー国内盤)
2006年に紙ジャケットとして復刻されたもので、当時31才の若き日のプレヴィン(ジャケットのイラストも若い!)を知る貴重な録音。当時のプレヴィンは、映画音楽の作曲家やジャズ・ピアニストとして一世を風靡しており、ここで聴かれる彼のジャズ・ピアニストとしての原点が垣間見える。アンドレ・コステラネッツ(1901-1980)のサポートがまた素晴らしい。大編成のシンフォニーオケではない、彼専属の楽団の小ぶりの編成が活きていて、例えば、2楽章冒頭のトランペットが奏でるソロは、まさにジャズ・トランぺッターもびっくりの吹きっぷりだ。
コステラネッツはガーシュウィンとも交流があっただけに、ガーシュウィンのエッセンスを知り尽くしているようで、例えば、3楽章の心踊るテンポ設定など、プレヴィンのピアノを見事に盛り上げている。ピアノがやや全面に出た録音だが、1960年代にしては鮮明。当時、巨匠ブルーノ・ワルターが、晩年にコロンビア交響楽団と一連のレコーディングを行ったリージュン・ホールが使用されている事とも関係があるのかもしれない。これまで、自分の中では、「ラプソディ・イン・ブルー」の2番手的な位置付けの曲だったが、このアルバムによってピアノ協奏曲の素晴らしさを再確認する事ができた。
■アンドレ・プレヴィン(指揮&ピアノ) ロンドン交響楽団
(1971年6月収録、アビー・ロード・スタジオにて収録、EMI海外盤)
1969年にロンドン響の首席指揮者に就任したプレヴィンが弾き振りをしたもの。当時42歳。前アルバムと異なり、今回はピアニストと指揮者を兼ねる事によって、プレヴィン自身の理想のガーシュウィン像を、ロンドン響と共に見事に実現している。例えば、1楽章の活気と2楽章の静けさの対比の妙は、弾き振りによるプレヴィンならではの表現といえるだろう。
何よりオケが巧い。それには名手達の存在抜きには語れないだろう。いずれも本ブログで取り上げたが、後年、指揮者として「ドラゴンの年」(スパーク)で金管バンドのブリタニア・ビルディング・ソサエティ・バンドを優勝に導いた、トランペットのハワード・スネルや、モーツァルトのクラリネット協奏曲で、名盤を残しているジェルバース・ド・ペイエ等が、当時所属していた。ジャケット画像は、ARTによるリマスタリングが施されたアルバムだが、現在、再発売されているアルバムでは、プレヴィンとロンドン響とのレコーディング風景のジャケットに採用されているのが興味深い。
■アンドレ・プレヴィン(指揮&ピアノ) ピッツバーグ交響楽団
(1984年5月録音、ピッツバーグにて収録、PHILIPS海外盤)
1980年代に入り、55歳となったプレヴィン自身のピアニストとしての成熟ぶりが窺われる演奏。基本的にはロンドン響盤のスタイルを踏襲しているが、スケールが大きくなり、よりシンフォニックさが増している。一方で、2楽章は静謐な世界が展開され、この曲を持つ深みが感じられるのも興味深い。全体を通じて、外面的な派手さを感じないのは、ピアノそのものの音にも起因しているのかもしれない。これまでの2枚に比べると、ぐっと落ち着いた、木質的な響きがするのは、(推測だが)、現在、プレヴィンが愛用するベーゼンドルファーを、この頃から使用し始めたのではないか、という気がするのだ。1980年代といえば、プレヴィンが、ウィーン・フィルと頻繁に指揮するようになった時期で、べーゼンドルファーとも接点が多かったに違いない。残響をたっぷりと含んだフィリップスの録音も、聴いていて心地良い。