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8月に入っても猛暑が続く。こんな時は脳まで冷やしてくれるような音楽を聴いて納涼といきたいものだ。そんな夏にぴったりなのが、R.シュトラウスの「アルプス交響曲」(1915年作曲)。既に実演でも下野竜也&読売日本交響楽団ファビオ・ルイージ&PMFオーケストラと2回接してきたが、大編成オケによるスペクタクルサウンドを満喫できる曲としてうってつけ。今年で御年89歳になる巨匠アンドレ・プレヴィン(b.1929)が、1980年代にレコーディングした、異なるオケを振り分けた2つの「アルプス交響曲」の音源をエントリーしたい。ディスクは以下の通り。

①アンドレ・プレヴィン指揮 フィラデルフィア管弦楽団(ジャケット画像:左)
 (1983年2月28日録音、The Old Met、フィラデルフィアにて収録、EMI国内盤)
②アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ジャケット画像:右)
 (1989年11月録音、ムジーク・フェラインザール、ウィーンにて収録、TELARC海外盤)

まず、①の組み合わせが非常に珍しい。1983年の当時はピッツバーグ交響楽団の音楽監督在任期(1976-1984)だったのにも関わらず、ピッツバーグ響とではなく、フィラデルフィア管と組んだのが興味深い。推測としては以下の通りだが、EMI側のレコード会社としての事情が絡んでいると思われる。

・なぜフィラデルフィア管弦楽団か?
この当時、オーマンディ(1899-1985)は存命していたが1980年に既に引退。オーマンディの後任として1980年に音楽監督に就任したリッカルド・ムーティ(b.1941)もEMIとのレコーディングを既に始めていたものの、ムーティーのレパートリー上の問題や、アンドレ・プレヴィンがフィラデルフィア管に客演したタイミング等の事情もあったのだろう。

・なぜプレヴィンでアルプス交響曲か?
プレヴィンは1987年よりTELARCとウィーン・フィルと主要なR.シュトラウス作品のレコーディングを開始するが、1980年にEMIでR.シュトラウスの管弦楽作品(「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「死と変容」でレコーディング(共演:ウィーン・フィル)を行っており、R,シュトラウス作品とは接点があった。アルプス交響曲は上記のフィラデルフィア管との絡みで、そのレパートリーの延長戦上でのレコーディングと考えられる。

・なぜEMIか?
1983年といえばまだデジタル録音の初期で、アルプス交響曲のようなダイナミクスの大きな曲はデジタル録音の魅力を伝えるのに最適なソースだった。グラモフォンが先陣を切ってカラヤン&ベルリン・フィルでアルプス交響曲を1980年に録音してリリースしたことを受け、EMIも大手レーベルとして録音タイミングを探っていた矢先、プレヴィンに白羽の矢を立てた可能性がある。ちなみに、下の画像はEMI盤に掲載されていたプレヴィンの写真。セッション録音時のものかもしれない。

さて、本題に戻ろう。フィラデルフィア管といえばオーマンディとサン・サーンスの交響曲第3番「オルガン」やレスピーギの「ローマ三部作」のような壮麗なスペクタクルサウンドの名盤も残しているだけに期待していたが、このアルプス交響曲に関してはやや軽い印象を受けた。その理由は同オケの特長でもあるトランペットのサウンド。フィラデルフィア管のトランペットセクションは伝統的にコルネットのような柔らかい響きを奏でるが、ここではその美音がやや裏目に。例えば、冒頭の「日の出」での壮大なシーンもどこか表面的に聴こえてしまうのだ。

その点、②のウィーン・フィル盤は、伝統的なロータリー・トランペットを使用しているのだろう、音がストレート且つストリングスとも溶け合う音色のブレンド感がある。さらに、ウィンナ・ホルンがアルプスの山々のスケール感をより盛り立てる。ウィーン・フィルのオケサウンドには流麗さがあるのだ。
また、この作品で描かれる自然の描写もまさに本物。おそらくオケメンバー自身、アルプスに一度は足を運んだことはあるに違いない。本物を体感していることが演奏にも如実に表れているような気がする。それは「夜」のような静謐な場面から、「氷河にて」「雷雨」のような大迫力のシーンまで一貫している。

プレヴィンにとっては、ウィーン・フィルとの再録音で、R.シュトラウスとも馴染みのあったウィーン・フィルから、上質でビューティフルなアルプスサウンドを引き出すことに成功している。指揮者の意思が働いた演奏というよりは、プレヴィン自らが登山者となり、ウィーン・フィルという巨大なアルプスに身を委ねているという感じ。人間は大自然には逆らえないが、大自然をここまでリアルに再現したR.シュトラウスの才能はやはりすごい!と改めて感じた。

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