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クラシックを聴き始めて約20年にして、ようやくグレン・グールドというピアニストの個性と演奏を垣間見る機会ができた。カナダ大使館のオスカー・ピーターソン・シアターで行われた「平野啓一郎、グールドの魅力を語る」というイベント。ソニー・ミュージックとグールドの母国カナダの大使館の共催によるイベントで、Webで枠20組の招待企画に応募したら運よく当選。早速青山にあるカナダ大使館に行ってきた。
グレン・グールドの生誕75周年、没後25周年となる今年、紙ジャケットによるCD再発や、本日上映のDVDのリリース等、アニバーサリーイヤー企画としてソニー・ミュージックもプロモーションに気合を入れているようだ。

本日のイベントは前半45分に芥川賞受賞の若手作家でグールドの最新ベストアルバムの選曲&ライナーノーツを手がけた、平野啓一郎氏による講演、後半に晩年のバッハ:ゴルトベルク変奏曲のDVDスクリーン上演という構成。

平野氏のグレン・グールドへの傾倒は幼い頃、母親が所有しているレコードの影響だったらしい。1975年生まれという自分と同世代だけに、その後はCDによるメディアの恩恵によって視野を拡げたあたりは自分の姿とも重なる。「作曲家によって作品が創作されても、その段階では完成とはいえず、アーティストによる様々な演奏解釈があってようやく作品としての命が吹き込まれる」、というようなコメントが印象的だった。

さて、後半のDVDのスクリーン上映。これが今夜最大のみものだった。

映像は、ゴルトベルク変奏曲の録音後の編集のスタジオ内でのシーンからスタートする。
いくつもの録音テイクから、自分の思い通りとなるベストテイクを、グールド自身が採用し、一つの曲につないでいく作業はまさに映画監督の姿そのものだった。
そしてインタビューに応えるグールドの姿。1955年録音したゴルトベルク変奏曲のデビューアルバムを約20年ぶりに聴き直し、グールドの中で作品へのアプローチがかわってきた事(「和声だけでなく、この曲の持つリズムやパルスを引き出したい」というような事を語っていた)、それ加え、モノラルからステレオ録音への環境変化も再録への動機付けの一つになったと語っていた。

いよいよ演奏シーン。グールドの個性的な姿はやはり映像を通してでないと伝わらないと感じた。
低い椅子に座り、猫背のような格好で弾く姿。弾きながら口をパクパクさせるグールド名物?の唸り声。時に指揮するように片手が宙を舞ったり、上半身をゆらしながら弾く姿も。映像で初めてみるグールドの演奏シーンはジャズ・ピアニストもびっくりに違いない。これはパフォーマンスなのか?彼自身の自己陶酔の姿なのか?それとも曲と一体化し、バッハと同化したアーティストとしての姿なのか?

ピアノも不思議だ。ボロボロの椅子、そして何とピアノ本体にいたっては蓋を取り外して演奏している!
これはおそらく蓋無しで直接音を少しでも引き出そうとする、グールドの録音音響上の試みでもあるのだろう。晩年のピアノはヤマハのCFと聴いていたが、カメラワークもこだわった映像作品だけに、グールド頭上のカメラが響板に映るヤマハロゴとCFという文字がはっきりと見えた。録音スタジオに眠っていた中古のピアノを気に入ったのがヤマハのCFだった、と雑誌に書いてあったのを以前読んだ記憶がある。
約50分近くの演奏シーンの映像を通して、グールドの作品への熱き思い、グールドのスタジオ人生の一端を垣間見る思いがした。レコードというメディアの活用の巧さという点ではカラヤンと同じ、という共通性を平野氏もコメントしていた。グールドの作品解釈も含めた個性的なパフォーマンスは永遠にレコード上にしか見出せない所も、彼を神格化させた一つの現象なのだろう。なお、このDVD映像は10月に市販されている。

来場者は全体的に中高年の男性が多いと思いきや、女性もそれなりに来場しており、根強いグールド・ブームを感じる。個人も団体も演奏スタイルに個性を出すアーティストが増えてきた昨今、グールドはまさに元祖といっていいかもしれない。寒空の下、自分にとって色々と刺激を受けたイベントとなった。