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これまで数々の吹奏楽曲をエントリーしてきたが、今回は吹奏楽の古典的名曲であり、ウィンド・バンドの原点ともいえるホルストの「第1組曲」「第2組曲」を。特に「第1組曲」は高校2年の文化祭で取り上げたメイン・レパートリーだけに、思い入れのある曲。一方の「第2組曲」は現役時代に演奏する機会はなかったものの、昨年、NHK交響楽団の管打楽器セクションによる演奏を聴いたのが記憶に新しい。ホルストの曲は、高校1年時に「惑星」より「木星」を、やはり文化祭で演奏(楽譜は吹奏楽版)しており、ホルストとはどこかで縁があるようだ(^^)今回は、米国・英国のウィンド・バンドによる5枚のディスクを録音順に聴き比べしてみた。番外編ではオケ版によるレア盤も登場!(ジャケット画像:左上より時計回り)

【米国ウィンド・バンド編】
○フレデリック・フェネル指揮 クリーヴランド・シンフォニック・ウィンズ
 (1978年4月録音、セヴァランス・ホール、クリーヴランドにて収録、TELARC国内盤)


まずは米国のウィンド・バンドによるアルバムを。吹奏楽界の権威、フレデリック・フェネル(1914‐2004)が、クリーヴランド管弦楽団の管楽セクションのメンバーと組んだアルバムで、自分にとっては、高校2年の文化祭用にお手本演奏の一つとして購入した懐かしの一枚。所有して早や20年近く経っているだけでも、ある意味感慨深い。テラークの名前を世界的に知らしめた初期の優秀録音でもあり、特にバスドラの重低音は鮮烈。さすが、名門オケのメンバーだけに、テクニカル面もピカ一で、第1組曲の3楽章は、冒頭から主旋の16部音符が軽やかに、且つアグレッシブに強調されている。表現力、アンサンブル共に何も言うことはない程に巧い演奏ではあるのだが、反面、トランペットのブリリアントな音色が際立ちすぎており、英国の民謡的な表現に欠かせないコルネット独特の素朴な味わいには欠けているのが残念。ともあれ、フェネル亡き後、後世に残る演奏には違いないだろう。

○ハワード・ダン指揮 ダラス・ウィンド・シンフォニー
 (1990年6月録音、Morton H Meyerson Symphony Center、Dallasにて収録、REFERENCE RECORDINGS輸入盤)


全体的にエッジの効いたメリハリのある演奏。ここでもフェネル盤と同様、コルネット以上にトランペットの音色が勝ってしまっているあたりは、アメリカンなカラーというべきか。第1組曲の2楽章は小気味良いが、3楽章に入って停滞気味となり、やや推進力に欠けるのが惜しい。高品位で知られるREFERENCE RECORDINGSレーベルの録音は素晴らしく、テラークと対等に渡り合える優秀録音といえるだろう。

【英国ウィンド・バンド編】
○デニス・ウィック指揮 ロンドン・ウィンド・オーケストラ
 (1978年頃録音、ASV輸入盤)


次に英国のウィンド・バンドによるものを。このアルバムはマイベスト盤の一つ。何より嬉しいのは、当時全盛期だったフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの主要なメンバーが参加している点。メンバーリストには、トランペットのジェームズ・ワトソン、ジョン・ヴィルブラハム、トロンボーンにはデヴィッド・パーサー、ジョン・アイヴソン、エリック・クリーズ、チューバにはジョン・フレッチャーとそうそうたる名前が並んでいる。そして指揮をとるのは、やはりフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの中核メンバーの一人で、当時ロンドン響のトロンボーン首席だったデニス・ウィック。木管メンバーを加え、気心のおける仲間との演奏だった事が窺える。ファースト・コルネットはフィリップ・ジョーンズでも中心的な活躍をしたジェームズ・ワトソンだろう。コルネットの温かみに加え、全体的にアーティキュレーションが明確で、歯切れのよい演奏。推進力に富み、ホルストへの敬愛と吹奏楽を愛する心に満ち溢れた演奏となっている。フェネル盤と同年代の録音となっているのは、単なる偶然の一致だろうか?それともフェネル盤に刺激を受けてのことだろうか?いずれもオケ出身のメンバーによる演奏という共通点があるだけに、英国と米国のカラーの違いも楽しめる一枚。

○エリック・バンクス指揮 ザ・セントラル・バンド・オブ・ザ・ロイヤル・エア・フォース
 (1984年4月13日録音、ワトフォード・タウン・ホールにて収録、EMI輸入盤)


英国らしい素朴さが漂う演奏。コルネットの素朴な音色が前面に出ているのもその理由の一つだろう。第1組曲は、1楽章からスピーディーで一気に聴かせる。3楽章は冒頭からバスドラが豪快。ややテクニックやアンサンブルに粗雑さが残るが、そんなアマチュアライクな所も、ロイヤル・エア・フォースの個性なのかもしれない。ホルストがミリタリー・バンド(軍楽隊)の為に作曲した当時の時代に戻れるような、そんな雰囲気を持ち併せており、きれいにまとめる都会的な演奏が多い中、良い意味でのローカル・カラー色が感じられる点で、個性的な演奏といえるだろう。

○ティモシー・レイニッシュ指揮 
 ロイヤル・ノーザン・カレッジ・オブ・ミュージック・ウィンド・オーケストラ
 (1998年3月録音、ニュー・ブロードキャスティグ・ハウス、マンチェスターにて収録、CHANDOS輸入盤)


実に緻密に描かれた演奏。音大が母体となるバンドである事から、米国のイーストマン・ウィンド・アンサンブル(母体:イーストマン音楽学校)とポジションを同じくする団体だが、その室内楽的なアプローチは、まさに“ウィンド・アンサンブル”そのものといえるだろう。通常なら賑やかな第1組曲の3楽章や第2組曲の1楽章も、派手さはなく、あくまで全体のハーモニーと曲全体の構築美が優先されている。劇的さとは無縁、気品が保たれながら描かれていくあたり、ロイヤル・エア・フォース盤とも対照的。ミリタリー・バンドと音大バンドという創設母体の違いもカラーとなって表れているのだろう。指揮のティモシー・レイニッシュは元バーミンガム市響のホルン奏者。エイドリアン・ボールトや、チャールズ・マッケラスにも師事を受けており、ブリティッシュ・テイストを受け継いでいる。ホルストの「惑星」に、「冥王星」の楽章を加えた事でも知られるコリン・マシューズによる改訂版を使用。CHANDOSの録音の優秀さも含め、マイベスト盤の一つ。

【番外編~オケ版】
○ニコラス・ブレイスウェイト指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 (1993年8月録音、ワトフォード・タウン・ホールにて収録、Lyrita輸入盤)


オケ版が存在していたとは!…と驚かされるレアな一枚。オーケストレーションは吹奏楽界でも知られる英国の作曲家、ゴードン・ジェイコブ(1894‐1984)によるもの。録音では、ロンドン5大オケの一つ、ロンドン・フィルが起用されている。英国作品を中心にリリースしてきたLyritaレーベルだからこそ、可能だったといえるだろう。ストリングスが加わっても全く違和感はなく、むしろ編成が巨大になった分、スケール感が倍増している。ホルストはオケ版にアレンジされる事も想像していたのでは?と思ってしまう程だ。
第1組曲からオケ版の世界に誘われる。チューバではなく、チェロとコントラバスによって奏でられる1楽章冒頭の主題は、まるで国歌「君が代」の旋律のよう。片や後半部の重々しさを感じさせる旋律は、ムソルグスキーの「展覧会の絵」の「ビドロ」を思わせる。ストリングスを中心に朗々と奏でられる3楽章の中間部は実に美しく、「惑星」の「木星」の中間部のテイストを感じさせる趣がある。
第2組曲は、ある意味、第1組曲以上に、オケ版向きな曲といえるかもしれない。1楽章のユーフォニウム・ソロは、ここではストリングスによって奏でられるが、これがまた心地よく、清々しささえ漂う。指揮のブレイスウェイトの手腕もあると思うが、ロンドン・フィルが熱演・好演で応えているのが何より嬉しい。貴重な音源。