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傑作選の締めくくりとして、ウォルトンの大作、「ベルシャザールの饗宴」をエントリーしたい。まさに「饗宴」というタイトルにふさわしい一大スペクタクルな曲。副題に「バリトン独唱、混声合唱とオーケストラのためのカンタータ (Belshazzar's Feast)」と付いている通り、合唱団に加え、ブラスの別動隊やサクソフォンの使用など、その編成からもスケールの大きさを窺わせる。まだ「スピットファイア」や「戴冠式行進曲」が生まれる以前の作品で、何とウォルトン29歳の時の作曲(1931年)。とても20代で書き上げた作品とは思えない!
このオラトリオは9つの楽曲からなり、演奏時間は約40分前後を要する。第1曲「Thus spake Isaiah(イザヤは、かくいわれた)」での、ファンファーレと男声合唱によって開始される冒頭部分や、第4曲「Praise ye the god of gold(汝ら黄金の神を讃えよ)」で聴かれる別動隊のブラスのファンファーレ、また、最終曲「Then sing aloud to God our strength(われらの力なる神に向かって高らかに歌え)」での、ホールにとどろくスペクタクルな大音響など、聴き所は一杯。そのスケール感は、マーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」に通ずるものがある。指揮者・合唱・オケとの一体感が試される曲といっても過言ではないだろう。以下、いずれも英国オケによる演奏で、関連性のあるディスクを4つに分類して鑑賞してみたい。(ジャケット画像:中央上より時計回り)

【①アンドレ・プレヴィンによる新旧録音】
○アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団他
 (1972年3月録音、キングズウェイホールにて収録、EMI輸入盤)


プレヴィンが、ロンドン響の首席指揮者だった頃で、彼にとって初録音となるもの。時にプレヴィン43歳。油の乗り切っていた時代といえるだろう。特出すべきは、ライナーノーツに「Recorded in the presence of the composer」という記載があり、レコーディングにウォルトン自身が立ち会っていた点。色々なアドバイスを仰いだであろうプレヴィンにとっては、貴重なレコーディングとなったに違いない。
ロンドンでは常用のレコーディング会場であるキングズウェイホールでの収録だが、他のディスクと比較すると、残響がやや浅いせいか、大音響をくまなく拾えるだけのホールプレゼンスとなっていないのは残念。是非、ロンドン響で新たなレコーディングを期待したいものだ。

○アンドレ・プレヴィン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団他
 (1986年2月録音、ワトフォード・タウン・ホールにて収録、 ASV国内盤)

「やさしき唇に触れて別れなん」でもエントリーした盤。プレヴィンにとっては再録音となるもので、自分自身、「ベルシャザールの饗宴」の魅力に取り付かれるきっかけとなった一枚。
ここでは“ビューティフル・サウンド”という形容が似合うプレヴィンの通常の一面とは違い、音がマグマのようにぶつかってくる迫力のある演奏を聴かせてくれるのが興味深い。
再録音だけに、ウォルトン作品への敬愛ぶりが改めて窺われる。オケも合唱も一体となって、プレヴィンのタクトに見事に応えている。特に合唱と同等に重要な役割を果たすブラスが巧みだ。

【②BBC交響楽団によるライヴ2種】
○サー・ウィリアム・ウォルトン指揮 BBC交響楽団他
 (1965年9月録音、ロイヤル・フェスティバル・ホールにて収録、BBC LEGENDS輸入盤)


作曲家自身による貴重なライヴ。1960年代の録音ながら鮮明な音源なのが嬉しい。当時ウォルトンは63歳。既に主要な作品を発表し、英国音楽界における名声を確立していた時期でもあった。作曲者が29歳の作曲時にこの曲に込めた想いが遺憾なく発揮された演奏となっている。
BBC響の演奏は、後年のデイヴィス盤と比べると、テクニカルな部分での弱さが否めなくもないが、作曲者とオケが築き上げた一つの模範的な演奏といえるだろう。終演後の熱狂的な拍手は、作曲者とこの曲への惜しみない賛辞を示す貴重なドキュメントとなっている。

○アンドリュー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団他
 (1994年9月録音、ロイヤル・アルバート・ホール、ロンドンにて収録・ワーナー国内盤)


渾身の圧倒的名演。プロムスのラスト・ナイトの100年目となる記念すべき1994年9月10日のライヴに、この大作がプログラミングされていた。息もつかせぬ迫力とは、まさにこのような演奏を指すのだろう。オケと合唱が一体となった炎のような演奏で、特に終曲は、今回取り上げた7つのディスクの中では最も快速なテンポで突き進む。大編成を見事に一つにまとめあげたデイヴィスの棒さばきには、ただ感嘆するばかり。デイヴィス自身、もともとケンブリッジの聖歌隊の出身である事や、トロント響時代には「メサイア」等、合唱作品も多く手掛けていた事も今日のキャリアにつながっているのだろう。ロンドンっ子が絶賛の拍手を送るライヴならではの熱狂ぶりが伝わってくる。デイヴィス自身にとってもベスト・テイクとなったに違いない。今回の7種のディスクの中でのマイベスト盤。

【③CHANDOSレーベルによる新旧録音】
○サー・アレキサンダー・ギブソン指揮 スコティッシュ・ナショナル管弦楽団他
 (1977年4月録音、アッシャー・ホール、エジンバラにて収録、CHANDOS輸入盤)


エルガーでの名盤が記憶に新しいギブソン指揮による録音。CHANDOSレーベルとしても初録音曲となるもの。ギブソンの持ち味である推進力に富んだテンポ感は、この曲においても、充分に発揮されており、パンチの効いたブラスや、低力のある合唱など、スコティッシュ・ナショナル管ならではの強みが活かされている。終曲の盛り上がりはまるで白熱したライヴのようだ。CHANDOSカラーの出たワイド感のある録音で、この曲の1970年代を代表する名盤だ。

○サー・デイヴィッド・ウィルコックス指揮 フィルハーモニア管弦楽団他
 (1989年4月録音、オール・セインツ教会にて収録、CHANDOS輸入盤)


「戴冠式行進曲」でエントリーしたウィルコックス指揮によるもので、CHANDOSにとってはギブソン盤に続き、2度目のレコーディングとなるもの。手兵のバッハ合唱団を率いているだけに、さすがに合唱の扱いが見事。合唱をしっかりと鳴らしており、実にバランスの取れた理想的なハーモニーとして響いてくる。フィルハーモニア管の感度の高い演奏はここでも遺憾なく発揮されている。CHANDOS常用のオール・セインツ教会での収録で、大音響でもうるさくならず、残響がたっぷりと取り込まれたプレゼンス感の高い録音となっているのが嬉しい。オケ・合唱・録音と三拍子そろっている点で、マイベスト盤の一つとなっている。

【④その他録音】
○アンドリュー・リットン指揮 ボーンマス交響楽団他
 (1995年2月録音、ウィンチェスター大聖堂にて収録、デッカ輸入盤)


「やさしき唇に触れて別れなん」でエントリーしたリットン指揮によるもの。合唱陣の素晴らしさと録音の優秀さにうなる一枚。収録会場が大聖堂という事もあり、この曲のスペクタクル性がより全面に出ている。大聖堂一杯に響き渡る大音響が快感だ。
バリトンにはデイヴィス盤で登場したブリン・ターフェルが参加。あのプロムスのライヴの翌年の録音で、彼の野太いバリトン・ボイスが盛り上げに一役買っている。合唱とオケをまとめあげた当時36歳のリットンの手腕にも脱帽。ボーンマス交響楽団も渾身の力を振り絞って応えている。他のレーベルに比べ、ウォルトン関連の収録には出遅れた感のあるデッカだけに、リットンによるウォルトンの一連のレコーディングは、デッカにとっても威信をかけた一大プロジェクトだったに違いない。