ブラスバンドの醍醐味の一つにブラスバンドのためのオリジナル作品がある。以前エントリーしたフィリップ・スパークの「ドラゴンの年」はそんなブラスバンド作品の代表曲。今回のブラック・ダイク・バンド来日公演でも2曲が演奏された。その内の一曲、ピーター・グレイアム(b.1958、画像下左)の「トライアンフ・オブ・タイム(The Triumph of Time」(2014年作品)では、ブラック・ダイク・バンドの驚異ともいえる最弱音サウンドとソリスティックな妙技の両側面を堪能させてくれ、自分にとってはグレイアム作品に一気に惹かれるきっかけともなった。
約18分を要する単一楽章の作品だが、最弱音のシーンは後半の11分頃に現れる。ゾイ・ハンコックのフリューゲル・ホルンがソロを吹き始める。しばらくして奏者達が舞台後方に突然ベルを向けたかと思うと、これまで聴いたこともないような音が鳴り出した。ミュートを差しているとはいえ、通常のブラスが奏でる音とはとても思えないような小ささ。まるで地球の裏側から鳴っているような音とでもいおうか。しばし、会場は静寂の世界に包まれ、不思議な感覚を覚えたのを今も記憶している。
その時に奏でられた旋律が実に美しく、感動的だった。それはどことなく、スパークの「ドラゴンの年」の2楽章にも似た雰囲気があり、心が洗われ慈愛に満ちた旋律だった。これもグレイアム作品の魅力の一つといえるだろう。
全体を通じ、ソリスティックな一面も冴え渡る。各奏者達が入れ替わりで舞台前方に現れたかと思うと、スタンディングプレイでジャズのフレーズを奏で始める。バルトークに「管弦楽のための協奏曲」という曲があるが、この曲はいうなれば「ブラスバンドのための協奏曲」。実際、この曲には「ブラスバンドのための変奏曲」という副題が付いている。元々、2014年のヨーロピアン・ブラスバンド選手権の自由曲として、ブラック・ダイク・バンドが世界初演した委嘱作品だが、まさに彼らならではの超絶技巧とハーモニーが前面に出たレパートリーだと感じさせた。
CDでは、「時」をテーマにしたもう一つの代表作、「エッセンス・オブ・タイム」(1990年作品)が収録されたニコラス・J・チャイルズ&ブラックダイク・バンドによるアルバム「THE TRIUMPH OF TIME」(画像上)がオススメ(2014年録音、Morely Town Hallにて収録、DOYEN海外盤)。来日ツアーの感動がよみがえってくる。CDの盤面に時を刻む歯車のデザインが施されているのもユニークだ。