画像

'88年の10月18日、この日、サントリーホールで伝説の名演が繰り広げられていた。クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による日本公演でのオール・ワーグナー・プログラム。
この模様はNHKによって収録され、当時'88年頃に初回の放映、そして2年程前にもアーカイブより再放送がなされ、そのいずれもVHSとDVDに録画して大切に保存していたが、この度、EMIからついにDVDでリリースされた。

曲目は以下の通り。

・歌劇『タンホイザー』~「序曲とヴェヌスベルクの音楽」
・歌劇『リエンツィ』~序曲
・楽劇『神々のたそがれ』~「夜明けとジークフリートのラインへの旅」
・楽劇『神々のたそがれ』~「ジークフリートの葬送行進曲」
・楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』~第1幕への前奏曲
・楽劇『ワルキューレ』~「ワルキューレの騎行」

既に録音では'80年代初期にEMIとベルリン・フィルを指揮したワーグナーの名演奏が残されおり、最近ではロンドン・フィルの自主レーベルでもこの地元ロイヤル・フェスティバル・ホールでのオール・ワーグナー・プログラムのライブ録音がリリースされており、そのいずれもがマイベスト盤となっている。

映像が加わると、渾身の力をふりしぼるテンシュテットの様子が、より手に取るように伝わってくる。当時のテンシュテットは62歳。前年の'87年に喉頭癌を発病、ロンドン・フィルの音楽監督を退いたが、ロンドン・フィルからは桂冠指揮者の称号を贈られ、放射線治療を受けながら指揮をしていた時期だった。そんな病魔に彼は音楽で全力で立ち向かおうとしていた。譜面を見ながら一曲一曲汗びっしょりで指揮をするテンシュテットに、自分の音楽を表現しようという強い信念と情熱を感じる。
ロンドン・フィルにとってもテンシュテットとの演奏会は一回一回が勝負だったに違いない。テンシュテットと共に演奏できる喜びをかみ締め、彼の内なる情熱を精一杯演奏で応えており、熱き信頼関係を感じ取れる。そんな姿はクーベリック&バイエルン放送響ともかぶる。

テンシュテットのワーグナーはそんな彼の強い意志と大きな起伏が感じられる演奏。オケと渾身一体となって、旋律をたっぷりと歌い上げ、音楽のうねりを作り出す。例えば「リエンツィ序曲」の後半の一糸乱れぬボルテージの高さからも伺える。テンシュテットの内なる情熱の表れだ。

映像で見る限り、当時のロンドン・フィルの団員にはベテランの年配奏者多かったようだ。また、金管セクションの鳴りっぷりが素晴らしい。「神々のたそがれ~夜明けとジークフリートのラインへの旅」での炸裂ぶり。見事にテンシュテットの要求に応えている。曲の途中、譜面台がガタッと下にズリ落ちるハプニングも発生(^^;
またテンシュテットは対旋律の描き方がうまい。例えば「ニュルンベルクのマイスタージンガー~第1幕への前奏曲」では冒頭から8名大所帯のホルンセクションによる対旋律が鮮やかに浮かび上がり、ワーグナー作品の魅力を引き出している。全ては全体の響きの中に集約されている所にテンシュテットの手腕を感じさせる。
当時の名コンサートマスター、デヴィッド・ノーランの好サポートも特筆しておきたい。

アンコールの「ワルキューレの騎行」が終わるや否や、感極まるブラボーの嵐。こんな名演を聴けた当時の聴衆が羨ましい。それにしても金管奏者達は疲れただろうな(^^;

映像の最後に「PRODUCED BY NHK」のテロップが流れた事から、今回のDVD化にあたっては、EMIがNHKの映像権を買い取ったのだろう。サントリーホールでの名演の模様が全世界に向けて発売となった光栄なドキュメンタリーだ。


<参照マイブログ>
メジャーデビュー前の貴重な音源~クラウス・テンシュテットのモーツァルトとハイドン

画像