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今日は冷え込む一日だった。そんな冷え込みの夜、急にラフマニノフを聴きたい衝動にかられ、帰途についた。秋はラフマニノフが良く似合う季節だと思う。そんな秋の夜長にピアノ協奏曲第2番のディスクを取り出した。
演奏はタマーシュ・ヴァーシャーリのピアノ、ユーリ・アーロノヴィチ指揮、ロンドン交響楽団の演奏で。(1975年9月録音、ワトフォード・タウンホールにて収録、ドイツ・グラモフォン輸入盤)
タマーシュ・ヴァーシャーリは1933年生まれのハンガリー出身。ブタペストのリスト音楽院ではコダーイにも師事していた事もある名手。

このディスクを聴くと、つい先日のプレヴィンのコメントを思い出してしまう。ロマン漂うラフマニノフ。ロマンティズムへの指向性という点においては、以前エントリーした、ボリス・ベレゾフスキー盤とは対極にある演奏と言っていいかもしれない。
ラフマニノフはピアノだけでなく、他楽器でもロマンティシズムを込めて旋律を歌わせる事に実に長けていたと思う。例えばクラリネット。ピアノ協奏曲第2番の中でも、有名な2楽章は冒頭の旋律をクラリネットに歌わせているし、交響曲第2番の有名な3楽章もそうだ。ここのふくよかなクラリネット・ソロはジェルバース・ド・ペイエだろうか?

ヴァーシャーリのピアノと同様、オケのロンドン響もとにかく巧い!特にホルン・セクションの巧さは特筆すべきもの。終楽章のフィナーレ部のストリングスと掛け合うホルン・セクションの鳴りっぷりは何度聴いても鳥肌が立ってしまう。

ヴァーシャーリ盤には、聴き終えると、こってりシチューを食べたような満足感がある。具がどんなに美味しくても、ルーの量や味付けが的確でなければシチューとしての美味しさは成り立たない。ここでは、具(=ピアノ)の美味しさをたっぷり(=こってり)と包み込むだけのルー(=オーケストラ)がある。ピアノとオケが理想的なバランスで鳴っている意味でも名演だと思う。
ボリス・ベレゾフスキー盤で感じたオケの物足りなさは、ここでは無い。

指揮のユーリ・アーロノヴィチは1932年生まれのロシア出身と、ヴァーシャーリとほぼ同世代にあたる。ヴァーシャーリとはラフマニノフの「ピアノ協奏曲」全集&「パガニーニの主題による変奏曲」の名盤を残している他、チャイコフスキーやショスタコーヴィチのセッション録音及びライブ録音もあり、ロシアもののレパートリーを特に得意としているようだ。彼のオーケストラ・ドライブへの手腕にも感心してしまう。

ヴァーシャーリは当時から既に、指揮者への道も歩み始めており、1971年には指揮者としてのデビューも果たしている。1978年にはベルリン・フィルを弾き振りしてモーツァルトのピアノ協奏曲14番&26番「戴冠式」を録音する等、活動も意欲的だ。近年ではフジコ・へミングとの共演で来日しており、日本では指揮者としてのイメージの方が強いようだ。
そんな彼のロマンティシズム溢れるソリストとしてのラフマニノフを、もう一度どこかで聴いてみたいと思うのは自分だけではないだろう。

録音はドイツ・グラモフォンの名盤の証であるオリジナル・イメージ・ビット・プロセッシングが施されたリマスター盤だけに臨場感たっぷり。ステレオ最盛期の名録音だ。