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若手アーティスト期待の一枚として日本人アーティストも取り上げたい。今宵はピアニスト、鈴木弘尚氏のデビューアルバムを('05年2月録音、サンアゼリアホールにて収録、Hamony国内盤)。
昨今はメジャーレーベルからのリリースという話題性によって、ともすると若手アーティストの華々しさだけが一人歩きしてしまう中で、鈴木弘尚氏は自己の演奏に真摯に向き合い、自分にとって今が旬であり納得のいく作品だけをレコーディングしようという姿勢が感じられ、好感が持てた。

曲目は以下の通り。

①交響的練習曲 作品13(シューマン)
②水車屋と小川(シューベルト/リスト)
③練習曲「音の絵」より作品33-2、作品33-7(ラフマニノフ)
④前奏曲 嬰ト短調 作品32-12(ラフマニノフ)
⑤幻想的小品集よりエレジー作品3-1
⑥前奏曲「鐘」作品3-2
⑦アルゼンチン舞曲集(ヒナステラ)

①の交響的練習曲はマイベスト盤。繊細で研ぎ澄まされたガラスのようなシューマン、とでもいうのだろうか。録音当時27歳になる鈴木氏にとって今だからこそなし得た演奏のように思えた。
「練習曲Ⅰ」の低音域の動きは、これから苦難の道のり立ち向かう一青年の運命の動機のように感じる。「練習曲Ⅳ」の激しい跳躍はそんな運命を背負った青年の強い意志が表れだろうか。緊張感と集中度を強いられる中、「変奏曲Ⅴ(遺作Ⅴ)」は神秘的な美しさにはっとさせられる楽章だ。
ラストの「練習曲ⅩⅡ」は苦難の先に見えてきた一筋の光。青年は最後に何を掴み取ったのだろうか。

そんなストーリー性を感じさせる「交響的練習曲」は、折りしも4年前の2003年の第5回浜松国際ピアノコンクールに彼が出場した時を思い起こさせる。入賞(第5位)するまでのドキュメントがNHKで放映されたが、本番前の極度の緊張で食欲を失い、栄養ドリンクで乗り切った彼の姿が印象に残っている。
その年は1位該当なしという異例の年で、2年後の'05年第15回ショパン国際ピアノコンクールで優勝した優勝したラファウ・ブレハッチと、同じく'05年の第12回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝したアレクサンダー・コブリンが共に2位の栄冠を分かち合うという猛者揃いの年だった。偶然にもこの年の本選を生で鑑賞できたのは今もって貴重な経験だった。

鈴木弘尚氏の感受性と透明度の高い演奏はラフマニノフにも良く似合う。その演奏カラーからして意外(?)なのは⑦のアルゼンチンの作曲家、ヒナステラの作品。終曲の「はぐれ者のガウチョの踊り」は内面に秘めた熱き情熱が一気に炸裂した、ヴィルトゥーゾぶりを発揮した演奏だ。
彼自身が記したライナー・ノーツによれば、この曲はマルタ・アルゲリッチのアンコールの十八番の曲だという事だが、それもうなずける・・・(^^)

余談だが彼とは偶然にも誕生日が同じで名前も一文字同じ。親近感を感じてしまった(^^;
今後も彼にとっての旬が到来した時に第2弾、3弾とアルバムが続く事を期待したい。