その夜、浜離宮朝日ホールにビル・エヴァンスの名曲「ワルツ・フォー・デビイ」がやさしく鳴り渡った。3月1日、宮谷里香さんのピアノリサイタルで演奏されたアンコール曲。今や押しも押されぬクラシック畑のピアニストがなぜジャズを?と思うかもしれない。その日はショパンの生誕日。2010年のショパン生誕200年に向けて毎年3月1日にショパンを取り上げたリサイタルを開催しており、今回はワルツ全曲がメインに取り上げられたプログラムでの演奏だった。
休憩を挟んだ後半のプログラムでワルツ全曲を見事に弾き切った後、お待ち兼ねのアンコールに。ここで彼女がマイクを持った。「今日はワルツを取り上げたプログラムという事で、最後はジャズを1曲・・・ジャズでワルツといえばこの名曲、ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビイを弾かせて下さい」
もちろん、ソロでの演奏だったが、譜面を見ながらもアドリブ要素も加え、クラシックなテイストが感じられる演奏だった。アコースティックなホールに響き渡るジャズ。この意外な組み合わせと選曲に宮谷さんのセンスを感じたと共に心を動かされた夜となった。
何だか無性に原曲のビル・エヴァンスの演奏が聴きたくなるのが自分の性格(^^; 後日CD屋へ。購入したアルバムはその名も「コンプリート・ライブ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」。何度も再発されているアルバムかと思ったら「ワルツ・フォー・デビイ」を含む伝説の1961年6月25日の3ステージ分の演奏が全て納められているという3枚組のボックスセット。ジャズ歴はまだ10年そこそこしかない初心者の自分にとってはうってつけのアルバムだった。日本のみの特別企画というのも好奇心をそそられるし、ライナーノーツもあるのが嬉しい。
音は今から45年以上前とは思えない臨場感。この年、西海岸のビバリー・ヒルズでは指揮者ブルーノ・ワルターの最晩年にあたる。片や東海岸のニューヨークではビル・エヴァンスがジャズの世界で感動的な名演を繰り広げていた。
ライブなので拍手ももちろん収録されており、まるで自分が観客の一人にでもなっているかのよう。エヴァンスならではのゆったりとしたテンポを感じていると、実に落ち着ける。ちなみに、このアルバムには「ワルツ・フォー・デビイ」が2テイク収録されているので聴き比べも楽しめる。
やっぱり名演。名演というものにクラシックとジャズの境界線はない、と改めて思った。