先日、日本の若手人気ピアニストの一人、清塚信也氏(画像:左)によるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」を聴いた(2008年9月12日 日本大学カザルスホール)。
演奏前に、「展覧会の絵」にまつわるエピソードが彼ならではの切り口で語られる。この作品のモチーフとなった画家ハルトマンとの親交、1枚1枚の絵の風景・・・本来であればプログラム・ノーツだけで終わらせられる話なのかもしれないが、ピアニスト本人が、これからこの曲をどう演奏しようかという姿勢も感じてとれ、親近感もわく。「ラヴェル編曲によるオケ版も素晴らしいので、生で是非聴いてみて下さい」というコメントも。自分にとっては、昨年の準メルクル&リヨン国立管弦楽団の名演が記憶に新しい。
そんな清塚氏の演奏は、彼のキャラクターが出たアプローチだった。5曲の「プロムナード」を間にはさみ、10枚の絵=10曲を取り上げたこの作品は、ビジュアルを想起しやすく、各々の楽曲の表情付けが豊かであることもあって、即興や作曲も得意な清塚氏のキャラクターにも似合う曲と感じた。
クライマックス的な位置づけの終曲、「キエフの大門」にはいつも感動してしまう。オケ版に聴きなれている自分にとっては、頭の中でオケのサウンドがどうしても鳴ってしまうが(^^;、原曲が持つスケールの壮大さにも改めて気付かされる。彼の演奏は多少足取りにおぼつかなさが残る点がありながらも、一歩一歩、聴衆と共に「キエフの大門」のクライマックスを築き上げているような、そんな緊張感を共有できた。
実演に接するとディスクでも振り返りたくなる。早速帰宅後に聴いてみた。
○ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
ウラディーミル・オフチニコフ
(1990年10月録音、ヘンリー・ウッド・ホールにて収録、Collins輸入盤)
ラヴェルによるオケ版が洗練された色彩豊かなカラー写真だとすれば、ムソルグスキーの原曲はモノクロ写真だ。曲が持つどこかグロテスクな雰囲気はオケ版以上に醸し出されている。
オフチニコフ(画像:右)の演奏は、ロシア系ピアニストに共通する実にヴィルトゥーゾな演奏。冒頭の「プロムナード」から堂々としたテンポで突き進む。ピアノの音にも芯が感じられる、というのだろうか、筋肉質なサウンドで、実にマッシヴな演奏を繰り広げる。それが多少クールな印象も与えるが、静と動の曲をめりはりをつけてうまく描き分けている。
「バーバ・ヤーガの小屋」や終曲の「キエフの大門」は素晴らしく、特に「キエフの大門」では徐々にクレッシェンドをかけながら、終結部はオケ版にも劣らない壮大な音響を築きあげている。
オフチニコフに関してはあまり情報がないが、ネットで調べてみたら、1958年生まれ。42歳時の録音となる。1982年のチャイコフスキー国際コンクールで1位なしの2位(同じく2位にイギリスのぴピーター・ドノホーが、また3位には小山実稚恵氏が受賞)、また1987年のリーズ国際コンクールでは1位に輝いている。この年のリーズ国際ピアノコンクールでは3位に日本の小川典子氏が、4位にボリス・ベレゾフスキーというコンテスタントが出場していた。
モスクワ音楽院ではアレクセイ・ナセドキンに師事。以前エントリーしたデニス・マツーエフと同門でもある。確かに彼のヴィルトゥーゾぶりはマツーエフと共通する所があり、納得(^^)
日本とも接点があり、2001年以降、くらしき作陽大学のモスクワ音楽院特別演奏コースの特任教授にアレクセイ・ナセドキンと共に就任しているという。「温かい人柄とユーモアのあるレッスンで生徒の能力を引き出すことにかけては右に出るものがいない」との紹介文に、演奏から感じる厳しさとは違う一面が窺える。
なお、このディスクのカップリングには、ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲第1番が収録されており、これがまた大変な名演なのだが、どこかで取り上げたい。Collinsの優秀な録音も特筆しておきたい。