今年はルロイ・アンダーソン(1909‐1975)の生誕100周年。吹奏楽でトランペットを吹いていた自分にとって、アンダーソンの音楽は昔から身近な存在だった。中でも「トランペット吹きの休日」と「トランペット吹きの子守歌」の2曲は、憧れの曲だった。「トランペット吹きの休日」は、高校時代、トランペット・セクションでアンサンブルをした思い出があるし、「トランペット吹きの子守歌」は、中学生の頃、初めて行ったサントリーホールで、山本直純指揮 東京都交響楽団の実演に接した事があるのが今もって懐かしい。当時、カセットテープで所有していた音源は東京交響楽団の演奏で、何度も聴いたものだった。今回の生誕100周年を記念して、オケのトランペット・セクションのレベルを図る上でも最適なショーピースとなっているこの2曲のいずれかが入った音源を棚から一つかみしてみた。さて、それぞれのオケのトランペット・セクションが“魅せる”個性やいかに・・・?(ジャケット画像:真ん中が一枚目。2枚目以降、左上より時計回り)
【まずは作曲者自身の演奏で…】
○ルロイ・アンダーソン指揮 彼の楽団
(1950~54年録音、MCA海外盤)
作曲家自身の指揮による貴重な演奏。「トランペット吹きの休日」(演奏時間2:30、以下同)は、ソリスト達の音とバックのリズム体の刻みは、くっきりと浮かび上がるものの、ストリングスのボリューム感がやや乏しいのが残念。モノラル録音の影響だろうか。一方の「トランペット吹きの子守歌」は、コルネット的な優しい響きにまず惹かれる。タンギング、アーティキュレーションも実に明確で、ある意味、模範となる演奏。何より、ムード・ミュージック的なノリがあって楽しめる。作曲家が表現したかった世界を体感できる一枚だ。
【作曲者と親交の厚かったフィードラーの指揮で…】
○アーサー・フィードラー指揮 ボストン・ポップス
(1960年前後録音、シンフォニー・ホール、ボストンにて収録、RCA国内盤)(2分27秒)
アンダーソンと信仰が深かったフィードラー(1894-1979)。これぞ元祖アンダーソン、という雰囲気を醸し出しているのは、「トランペット吹きの休日」(2:27)。実にブリリアント。アメリカンなノリで豪快。それもそのはず、ファースト・トランペットには、ニューオリンズ出身の、アル・ハートという奏者がゲスト・プレーヤーとして出演している。どことなくジャジーなのもの、そのせいか。ソリスト達の音色が揃っており、当時のボストン・ポップスのカラーを楽しめる。
しかしながら、「トランペット吹きの子守歌」は、そんなアル・ハートの音のキャラクターが逆効果に出てしまっており、冒頭からたどたどしい吹きっぷりで、子守歌として音楽が流れていないのが残念。録音は1960年代とは思えない程のハイ・ファイで優秀。
【アンダーソンを敬愛するスラットキンの2つのアルバム】
○レナード・スラットキン指揮 セントルイス交響楽団
(1993~1995年録音、パウエル・シンフォニー・ホールにて収録、RCA国内盤)
「トランペット吹きの休日」(2:37)では、平均的なレベルと感じていたスラットキン&セントルイス響の演奏だったが、開眼したのは「トランペット吹きの子守歌」。現状でのマイベスト盤といえる演奏で、今回取り上げた他の演奏の中でも突出している。実にハートフル。テクニックはもちろんのこと、それ以上にこう奏でたい、という歌心を感じる演奏。中間部で、アドリブを披露しているのもこの盤ならでは。ソリストの名前は是非とも記載してほしかった。
○レナード・スラットキン指揮 BBCコンサート・オーケストラ
(2006年4月録音、コロッセウム、ワトフォードにて収録、NAXOS海外盤)
スラットキンの2度目の録音となる「トランペット吹きの休日」(2:40)。スコア通りの解釈を優先したのか、あるいはイン・テンポを徹底したのか、他のディスクに比べるとゆっくりとした演奏で、この曲に求められるスリル感にはやや乏しい。また、BBCコンサート・オーケストラは、オケの編成が50名程と小ぶりなのこともあって、バックの伴奏もやや大人しい。サウンドバランスは良く、録音は優秀の部類に入るだろう。
○エリック・カンゼル指揮 ロチェスター・ポップス管弦楽団
(1985年録音、イーストマン・シアター、ロチェスターにて収録、PROARTE国内盤)
本年9月に惜しくも亡くなったエリック・カンゼル(1935-2009)が指揮した貴重な音源。「トランペット吹きの休日」(2:37)は、ノリよく聴かせてくれる。一方の「トランペット吹きの子守歌」は、録音の問題だろうか、音像がやや後ろに行き過ぎており、ソロも隠れがちで気味で聴こえづらいのが残念。
【英国名門オケの演奏で!】
○スタンリー・ブラック指揮 ロンドン交響楽団
(1984年頃録音、ソニー国内盤)
「トランペット吹きの休日」(2:24)のみの収録。マイ・スタンダード盤。トランペットが冒頭から快速なテンポで飛ばすので、後半、オケが追いつかない事もあるが、トランペット・セクションは一糸乱れずまとまっている。ファースト・トランペットはおそらく首席奏者のモーリス・マーフィーだろう。指揮者のスタンリー・ブラック(1913-2002)は、数多くの映画音楽の作曲・編曲家としても知られている。ロンドン響の安定した実力で、安心して聴ける定盤といえるだろう。
○サー・チャールズ・グローヴズ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(1988年11月録音、アビー・ロード・スタジオにて収録、DENON国内盤)
ロンドン響との比較で期待していたが、「トランペット吹きの休日」(2:30)は、意外にもクールな演奏で、盛り上がりにやや欠ける。一方の「トランペット吹きの子守歌」はファースト・トランペットがソロを奏でる裏でセカンド・トランペットが二重奏でハモるというレアな音源。ファーストはおそらく、当時の首席奏者、ジョン・ウォーレスに違いない。
【ドイツ語圏内のオケも…!】
○ピンカス・スタインバーグ指揮 オーストリア放送交響楽団(2分22秒)
(1991年録音、コンツェルトハウス大ホール、ウィーンにて収録、ORF海外盤)
「トランペット吹きの休日」(2:22)は、マイベスト盤。今回エントリーした中で最も快速なテンポ。トランペットに主体性があり、オケの伴奏と共にスリル溢れる「休日」を展開。特にファースト・トランペットがブリリアントで巧く、全体をリードする役割を果たしている。ただし、「トランペット吹きの子守歌」では、そんなブリリアントさが多少裏目に。この曲に求めたい子守歌としての音楽性がやや不足してしまった。
ちなみに指揮者のピンカス・スタインバーグは1969~1972年までボストン交響楽団の首席指揮者を務めたウィリアム・スタインバーグ(1899‐1978)の息子としても有名。ドイツ語圏のオケでもアメリカを代表するアンダーソンで名演を奏でられることを証明してくれた一枚。
【日本のオケも参戦!】
○竹本泰蔵指揮 日本フィル・フィルハーモニー交響楽団
(2008年4月録音、杉並公会堂にて収録、キング・レコード国内盤)
「トランペット吹きの休日」(2:24)は、ロンドン響版と並ぶ快速テンポ。そのスリル感は、海外勢のオケを上回るか?とも思える程で、実に爽快。指揮者の竹本氏の手腕が発揮された演奏で好印象だ。やや、早さに追われている感もあるが、ソロ・伴奏共に、抑揚がつけられ、ジャジーな雰囲気も醸し出されている。「トランペット吹きの子守歌」も、素晴らしい演奏だが、音色的な魅力がもう一つ欲しかった。しかしながら、日本のオケが世界に誇れる事を実証してみせた演奏で、日本フィルの実力の高さが窺える一枚。
【レア音源!その①:吹奏楽とジャズのクロスオーバー版!】
○時任康文指揮 大江戸ウィンド・オーケストラ
(2000年9月録音、サントリーホールにて収録、IEJ国内盤)
「トランペット吹きの休日」のみ収録。大江戸ウィンド・オーケストラは、在京のスタジオ・プレーヤーやジャズ・プレーヤーが集まったプロ楽団。ライヴゆえか、冒頭、ファースト・トランペットがいきなり音を外しているのが惜しい。エレキ・ベースが加わっているあたり、吹奏楽のポップス・ステージならではの編成となっており、途中からは、オリジナルとは違うジャズ・アレンジが施され、はちゃめちゃなアドリブ展開に!全体的にイケイケ感が醸し出されており、実に楽しい。ハイトーン・プレイも飛び出し、まさにジャジーな一枚。
【レア音源!その②:ブラスアンサンブル版】
○ザ・ブラス
(1992年4月録音、府中の森 芸術劇場ウィーン・ホールにて収録、ビクター国内盤)
「トランペット吹きの休日」(2:37)のみ収録。こちらはブラス・アンサンブル版というレアな音源。「ザ・ブラス」は国立音大出身のメンバーを中心とする団体で、ファースト・トランペットは、N響首席奏者だった北村源三氏をゲスト・プレーヤーに迎えているのがポイント。ストリングス部分の旋律がピッコロ・トランペットで代用されるあたり、曲に華やかさが加わっていて良い。しかしながら、メインのソリスト達の音色に、もう少し魅力が欲しかった。